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私の視線に気付いたのか、柿沼が私の方を見た。
「何ですか? 久我先輩」
わっ、先輩だって!
初めて呼ばれたその名前に、思わず目を丸くする。
まぁ、表情は“ふふんっ、何か文句でも”てな言葉が聞こえてきそうだけれど。
少し小首を傾げるその仕草、すごいなぁ……
絶対、自分がよく見えるライン把握してるよね。
「ううん、柿沼さん綺麗だなぁと思って。ごめんね、見惚れちゃった」
「え?」
予想していた言葉と、まったくちがかったのだろう。
ぽかん、と口を開けて私を見るその顔も結構綺麗。
「もちろん、宮野さんも綺麗。素敵な女性に囲まれて、幸せですねー」
にへらと笑うと、男性陣が一様に怪訝そうな表情なのが目の端に映る。
とと、変な話だったか。
私は目の前のグラスを持つと、よいしょ、と立ち上がる。
「じゃあ、私、他部署と交流を深めてまいりますので。あ、柿沼さんそこ座りなよ。ちょっと座布団ぬるいけど」
「え? やだぁ、久我先輩ったら」
綺麗といわれて機嫌がよくなっているのか、笑いながらそれでも確実に私の席に腰を降ろす。
「おい、久我……」
課長の言葉に顔だけ向けて、小さく頭を下げた。
「じゃ、そういうことで」
くるりと身体を反対に向けて歩き出す。
あんまり私があそこにいてもね。
確かに、私がいると女性陣が寄ってこれないかもしれない。
ある意味特殊な課だから。
閉鎖的というか、職務的にどうしてもね。
て言うか――
小さく溜息をつく。
性格はどうあれ、見てくれはホント綺麗だから。
ちょっとした劣等感というか。
彼女の横に、いるの嫌だな、とか。
柿沼が哲や課長のことを狙ってるのは分かってるから。
周りが彼女と私を比較してたら、嫌だな、とか。
「――はぁ……。根暗な私」
周りに聞こえないように、小さく呟いて肩を落とす。
そんな私を、明るい声が呼び止めた。
「久我先輩!」
足を止めて、顔を上げる。
そこには懐かしい顔があって、早足で駆け寄った。
「わぁ、皆元気?」
前に所属していた、商品管理課。
そこで仲のよかった、後輩の田口さんがあけてくれた席に座る。
「久我先輩、おんなじ会社にいるのに、ほとんど会わないんですもん。先輩こそ元気ですか? あの、恐ろしい噂のある企画課で」
「何、恐ろしいって」
反対側に座る田口さんと同期の加藤くんが、耳打ちするようにこそこそと話す。
「早出残業当たり前、こわーい閻魔様がしきる企画課って」
――閻魔様!
「やだ、それ課長のこと?」
「そーいう噂ですって、声でかいですよ先輩っ」
慌てて口を塞ぐ加藤くんの手を、ぱたぱたと叩く。
「早出残業は確かにあるけどね、やりがいだらけよ~企画課って」
「ま、先輩ならそういうと思ってました。なんたって――」
そこで田口さんと加藤くんが、面白そうに目を見合わせる。
「男並み」
「こんの、おちゃらけ後輩達め!」
けらけら大笑いしながらグラスを空ける。
「あ、先輩。確かカルピスサワーでしたよね、お好きなの」
メニューを見ながら聞いてくる田口さんがに頷くと、反対側から「男並みで子供っぽい」と加藤くんが呟いた言葉に小突きを返す。
くすくす笑いながら田口さんが店員を呼んでオーダーするのを聞きながら、新しく入った新人社員たちを紹介してもらう。
「なんか、やっぱり一年半もいないと全然わかんなくなるね」
一通り聞いたけど、私の記憶力のキャパでは次にあった時名前が出てこないかもしれない。
「顔は覚えたから! 名前忘れてても、勘弁ね!」
お酒の勢いで笑い飛ばす。
あぁ、久しぶりだなぁ。この感覚。
企画課だと哲はいるけど下っ端だし、なんか今ごたごたしてるし。
いつの間にか営業にいる同期も乱入してきて、加藤くんが退かされる。
「よー、久我。同じ社内にいるのに、全然あわねぇなー」
「そういうあなたは、営業の川島ではないですか。久しぶりだねぇ」
スーツの上着を脱いでいる川島は、Yシャツの袖もまくってどんだけ酔ってるんだって感じ。
川島は退かした加藤くんの場所に座ると、そこにあるビールを勝手に手酌で注いで飲み始める。
「なぁ、哲弘、仕事どう? 企画課でやっていけてる?」
「ん? 哲?」
聞き返してから、あぁ、と内心頷く。
そういえば昨年まで川島の下にいたんだっけ、哲。
「頑張ってるよー。あ、でも頑張ってるっていうと怒られるな、余裕だそうです」
にやりと笑いながら視線だけ向けると、さもありなんと頷く。
「あいつは、持ち前の気の強さと社交性と外面のよさが長所だからな。大変でもぜってぇいわないだろ。って、お前の方が知ってるか、幼馴染だったよな」
「まぁね。かれこれ二十三年くらい幼馴染やってます」
成人式越えかよ、と噴出しながら持っていたグラスをテーブルに置いた。
そのまま耳に口を寄せられる。
少しお酒臭い息が、頬にかかって眉を顰める。
「実績あって希望も出されちゃったから、異動してったけどさ。そんなに、企画課って楽しいの? あいつにやりがいがあるならいいんだけどさ」
――希望……? って、異動希望?
こそこそと私に耳打ちして、そのままはなれる。
思わず真顔で見返すと、ナイショな……と自分の口に人差し指を近づける。




