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カタカタカタカタッ ……タンッ
書き直しの企画書を打ち込み、最後にエンターキーを押して息を吐く。
あぁ、やっと終わった。
真崎との打ち合わせは思ったより早く進み、トラブルが起きたらしい報告をきっかけに私は企画室に戻ってきた。
真崎はべらべらと口頭で修正箇所を指示し、その上に数値の調べなおしをいくつか書いて私への宿題とした。
企画書を見て、気になっていたということだけど。
ホント、仕事は出来るんだよなぁ――
あの性格じゃなきゃな。
打ち上げた企画書をネットワークに保存して、課長を見る。
「すみません、課長。真崎さんとの打ち合わせで企画の変更が出てるので、後で確認してください。ネットワークフォルダに入れておいたんで」
斉藤さんの向こう側、こちらを向いて座る課長は少し顔を上げた。
「分かった」
その声にデスクトップの画面に視線を戻す。
とりあえず企画書関係は一段落したから、さっき言われた数字を直すかな……
データーを出しながら、テンキーで打ち込んでいく。
シーンとした企画室。
課長と斉藤さんと間宮さんと哲。
今日は全員在籍しているのに、なんだろうこの静けさは――
真崎がこっちに来た日、昼休憩後の会議は散々だったからなるべく会わさないように広報部に出張してた私。
だからって言うのもあるのか、結構雰囲気戻ってたと思うんだけどなぁ……。
なんか、静かすぎ……じゃない?
いつもならよくしゃべる斉藤さんまで、口を噤んでる。
なんか、このいたたまれない状態……いやだな――
壁の時計に目をやると、定時の六時は過ぎていて。
帰ろうと思えば、帰れちゃうんだけど……
――帰っちゃおうかなぁ……
真崎と次に打ち合わせするのは、来週の月曜日。
それまでに数字は見直せばいいし……
ふぅ……と、周りに聞こえないように溜息をつく。
データーを閉じてパソコンをシャットダウンする。
たぶん真崎のことで、空気というか雰囲気が悪いんだろうから。
明日になれば、少しは和らいでくれるんじゃないかと……
パソコンの電源の落ちた音に、斉藤さんが顔を上げた。
「あれ? 久我、もう帰るの?」
――気づかれたか
斉藤さんを見ながら、鞄に小物を放り込む。
「はい、今日は上がります」
「早くね?」
今度は哲。
「うん? まぁこんな日があってもいいでしょ。今日金曜日だしー……」
そっちに答えながら、コートを手に取る。
ん? 金曜日……?
そういってから気付く。
金曜で、もう定時過ぎてるのに珍しく間宮さんが帰ってない。
はて?
首を傾げつつコートを羽織ると、
「……久我、帰るな」
挨拶しようと課長を見たら、なぜか先手を打たれた。
「え? 帰るなって……?」
言われるはずのない言葉に、首を傾げる。
「……たぶん、お前は嫌がると思って言ってなかったんだが……」
なんか、嫌な予感――
じりじりと、ドアの方向に後ずさる。
気付くと、皆顔を上げて私を見ている。
無表情な課長、無愛想な哲、憐れみをたたえた間宮さんと斉藤さん。
なんか……想像できて……
途端、後ろのドアが勢いよくあく。
その音にびっくりして振り返ろうとした私の身体が、後ろからまわってきた腕にがっしりと抱きとめられた。
「美咲ちゃん、迎えに来たよ! さぁ、合同飲み会に行こうか!!」
楽しそうな真崎の声。
立ち上がって私を剥がそうと、哲が真崎の身体に手を掛けているのが振動で分かる。
恨みがましく課長を見ると、奴も無表情のまま真崎を見ていて。
「そーいうことですか……」
私はそう呟くしかなかった。