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さすがに光量の落とされた廊下は、薄暗い。

IDをチェックに通しながら、企画室へと歩いていく。

給湯室と資料室、大小の会議室を過ぎてどんづまり。

企画室のドアに設置された小さなすりガラスから、光が漏れる。


――あれ? まだ課長いるのかな?


さっきあがる時、まだデスクに向っていた課長の姿を思い出す。

ちょっと躊躇しつつ、ノックの後ドアを開けた。

「失礼します……」

ドアの反対側、窓際の席に課長の姿。

さっきと寸分違わぬ状態で、仕事の真っ最中らしかった。

顔を上げてこちらを見る。

「なんだ久我、忘れ物か?」

「はい、すみません。……お邪魔します」

私のデスクは手前だからお邪魔も何もないけれど、なんとなくね。

うん、なんとなく。

そろ~っと部屋に入って、自分のデスクの上に置いてある携帯を手にとる。

そのまま戻ろうとしたら、課長に呼び止められた。


「久我、瑞貴はどうだ? 慣れてきたか? ここに」

――戻って寝たい……

なんて、頭の中で考えてしまったのは仕方ないよね……

ドアノブを掴もうとしていた手を下げて、課長の方を向く。

課長は椅子から立ち上がって、机に寄りかかっていた。

「慣れてきたようですよ。まだまだ仕事の段取りは甘いかもしれませんが、それでも本人なりに頑張っているようです」

幼馴染の欲目を引いても、奴は頑張っていると思う。

確かにまだまだかもしれないけれど、努力してるのは分かる。

課長はそうか、と呟いて私を見た。

「お前が結婚できないと言った俺の考え、聞きたいか?」

「は?」

また突然な話の展開で。

私の考えが読めたのか、ほら……と言葉を続ける。

「気にしていたみたいだから」

大体聞いたのに教えてくれなかったんじゃないか! ――は、口には出さずにおこう。

「そりゃもう。乙女心はずたずたですから」

「お前に、乙女心なんて初めからあるのか?」

――

この親父……。

自分と三歳しか離れていない課長に向って失礼かもしれないが、殴りたい衝動に駆られるのは仕方ないと思わない? ねぇ?


課長は私のほうに歩きながら、話し始める。

「お前、この仕事好きだろう?」

――

「? 好きですが」

それが何か? と、無言で首をかしげる。

「恋愛より、今は仕事だろう?」

――そりゃま、そうかもしれませんが。

「まぁ……」

なんとなく全肯定したくなくて、曖昧に返事をする。

課長は私の前に立つと、満足そうに頷いた。

「だからだよ。こんな勤務時間も適当な職場にいて、積極的に恋愛を求めているわけじゃない。そんなお前が、あと一年三ヶ月で恋愛と結婚をこなせるとは思えないが」

――――あのさ、あのね?

私はがっくりと肩を落としながら、ふるふると首を振った。

「あの課長。別にそこまで考えて“結婚したいわ~”なんて言ってるわけじゃなくて、夢っていうか願望って言うか……」

それ以上に、その冷静なご判断。

身に沁みます――涙でそうだわ。

課長は、そうか、なんて冷静にご返事されていますが。

私の乙女心はずたぼろ――


って、まぁそこまですぐに結婚したいわけじゃないし?

ただ、加奈子と話しててノリで言ったというか。

それに真面目に返されて、かちんと来たというか。


はぁ、と大きく溜息をついて課長を見る。

「とりあえずもういいです、この話。なんか聞けば聞くほど現実が見えてくるというか――」

ぶつぶつ呟きながらドアの方に歩き出そうとした私の腕を、課長が掴んだ。


「――え?」


これはさすがにドキッとする……よね? していいんだよね?

でも相手が課長だからな。

何も考えてない人だからな。


ドキドキ損だ、と勝手に言葉を作り出しながら、課長を見る。

「なんですか?」

課長は腕を掴んだまま、私を見る。

「もう一つ、お前が恋愛できない理由がある」

――

「あの、私を怒らせたいんですか?」

強制的に終わらせた話を、また蒸し返すか。

顔が引き攣ってるのが分かるけど、隠しませんよ。

思いっきり、イラッときてますので!

課長はそんな私をじっと見つめながら、左手を口元に当てて笑いをこらえている。

えーえー、面白い顔してるんでしょうよ。

「お前が鈍感だからだ」

「はぁ?」

自慢じゃないが、人の顔色読むのは得意だぞ!

なんたって、哲がらみで周りの女共からさんざん使われてきたからね。

妬まれても来たし?

だいたい、お前の方が鈍感だろう!

こんなに、もう帰りたいんですけどオーラだしてるのに気付かないなんてねっ。


「納得できないって顔だな?」

「そりゃ」

思わず出た言葉を、飲み込む。

―― 一応上司

頭の中で、何度も繰り返す。

「だってお前、ちっとも気がつかないじゃないか」

「――は? 何をです?」

「お前を好きな奴」

――私の事を好きな人?

思っても見ない言葉に、首を傾げる。

課長の知ってる人で、私を好きな人がいるって事?

でも共通の知人ってこの企画室の人だけだと思うけど……。

え……と、斉藤さん、ありえない。間宮さんは彼女持ち。哲は論外。

他に、誰?


「ほら、気づいてないだろ?」

「え、誰……?」

ぐっ……と、課長が掴んでいた私の手を引いた。

「俺」

――は?

傾いた身体を、課長の両手が受止める。

「だから、俺」

「――なんの冗談……」

私を抱きしめる課長の手の力に、私の言葉は続かなかった。




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