12
そのまま寝てしまっていた私と哲は、翌朝おばさんに起こされて午前中には私のアパートへと戻ってきた。
「ありがとねー哲、荷物持ち」
アパートの駐車場に止めた車から、おばさんに貰った洋服の入ったケースを運ぶ哲を振り返る。
部屋のドアを開けてそれをおさえると、哲は面倒くせぇなぁと呟きながら中に入って玄関に置く。
「人遣い荒いよな、お袋も美咲も」
「そりゃ、男手があれば使い倒す」
笑いながら哲の横をすり抜けて、リビングの冷蔵庫からサイダーを一本手に戻ってきた。
「はい、お駄賃」
哲は苦笑い気味にそれを手に取ると、ガキじゃねぇんだからと溜息をつく。
「……まぁ、いい区切りにはなったのか? 美咲」
「――え?」
思わず聞き返すと、哲は玄関のドアにもたれながら私を見ていた。
たたきに乗っているとはいえ、ぜんぜん向こうの方が見下ろす形なのにちょっとむかつくけど。
「俺は詳しくは知らないけど、辛くても連れてきた方がいいってお袋がすげぇゴリ押ししてたから、そーいうことかなと。俺は、美咲の家族にガキん頃から世話になってたし、あんまりお前の両親悪く言いたくないけどさ。それでも、……な?」
その言葉に、少し口を噤む。
あぁ……哲には、私が両親と縁を切ったことまでは伝わってないんだ。
それだけが、救いに思える。
そんなことまで、知られたくない。
「うん、区切りになったよ。おばさんには感謝してる。引越し準備くらい手伝うから、呼んでくださいって言っておいて」
「……ん、分かった」
サイダーのペットボトルを軽くあげて後ろを向いた哲は、ドアを開ける寸前顔だけこっちに向けた。
「――両親とは、連絡取ってるの?」
その言葉に、さぁぁっと何か風が吹いたかのように足元が冷たくなる。
顔……表情……変えないように気をつけなきゃ……
「ん? よく分からないんだ。ほら、私結構忙しくしてたからさ、一人暮らししてから」
親から大学のお金は受け取ったけど、生活費は受け取らなかったから。
私の、ちっさなプライド。
「――あぁ、バイト三昧だったもんな」
視線を宙に向けて、記憶を辿ってる。
「そ、おばさんの方が知ってるんじゃない? 仲良かったでしょ?」
「あぁ、まぁな。引越しの通知を出すにも住所がわかんないなぁって、なんかさっき独り言こいてたから俺が気になっただけ。わかんなきゃ、通知出さなけりゃいいんだし」
おばさんも知らないんだ。
自分の両親とはいえ、最低だね。あの頃、凄いお世話になったのに。
「じゃあな、月曜に会社で」
「あぁ、うん。気をつけてね」
そのままドアを開けると、今度は振り返らずに出て行った。
パタンと音を立ててしまるドアを、じっと見つめる。
あの両親と連絡?
――とるわけない……、とりたくもない……
憎らしげに呟く自分が、黒く思えて嫌気が増す。
小さく溜息をついて、リビングへと歩き出す。
あの場所を見ることは、たぶんもう苦しくない。
哲の家に行くのも、たぶんもう苦しくない。
それでも自分にとって、忘れる事も諦める事も許す事も出来ない存在はあって。
リビングのソファに座って、天井を仰ぐ。
哲がいてふざけながらも楽しかったから、昔の嫌な記憶なんて思い出さなかった。
どちらかって言うと、哲のせいでやっかまれたことばっかり思い出させてもらったけどねっ(怒
鍵を掛けよう――
存在ごと
忘れてしまえば、同じこと
最初から、そんなものはいなかった
簡単な記憶じゃないから 全てを消すしか出来ない
私の日常から いままでもそうしてきた
あの場所に立って、浮き上がってきてしまったけれど――
鍵を掛けて 重石をつけて 鎖をつけて
奥底に 自分さえもたどり着けない奥底に
鎮めてしまおう――
月曜には、いつもの 久我 美咲でいられるように