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ココアを一口飲んで、息を吐く。
「それだけよ。大学ん時はそんな暇なかったし、社会人になってもねぇ。あんまりいい人いなくてねぇ」
ははっ、と声を出して笑う哲が私を見る。
「あいつだけかぁ。そりゃ、ご愁傷様」
あいつ。
高校の時に付き合った、哲の同級生。
私が二年の時、同じ高校に入学してきた哲。
たまに哲が私で遊びに来るから、仲良くなって。
三年の夏に告白されて、そして二股かけられて私の卒業とともに終わったという……。
思い出すだけでもむかつくわ。気付かなかった私も私なんだけどさ。
何度目かの溜息をつく私を見ながら、哲が大丈夫と呟く。
「え、何が?」
聞き返す私に、驚きの内容。
「あいつ、あの後殴っといたから」
「……あんた、そんなことしてたの」
既に外面という名の猫かぶりをしていた哲が、人に手を上げるなんて。
呆気にとられてついぼけっと見つめると、哲は肩を竦めて笑う。
「そりゃそうだろ、俺を馬鹿にしたも同然じゃん。人の幼馴染つかまえて」
「あはは……、でもまぁ、ありがとう。なんかちょっとすっとしたかも」
「だろ」
にやりと笑って、私の頭を軽く叩く。
「男運ないわ、ホント。あーあ、もう少し遊んでおきたかったなぁ」
「そーか? 俺はよかったな、美咲があまり遊んでなくて」
その言葉に哲を見ると、意地悪っこしぃな視線に戻ってて。
「可愛くない哲の顔になってる」
の、言葉に、小さく笑って表情を戻す。
「だいたい若気の至りってなんなのよ。私はちゃんと答えたわよ」
ぐいーっとココアを飲み干して、マグカップをサイドテーブルに置く。
「……うるさいよ、美咲」
その声音に、哲を見る。
立てた膝に両手を置いて顔を隠すようにしている哲の目は、何か困ったように揺れていて。
「哲?」
視線を合わせようとすると、ふっと逸らされた。
「あのさ、美咲。幼馴染ごっこ中とはいえ、俺お前の事好きなんだよ。今、結構理性を試されてる状態なんだよね」
「へ?」
意味が分からず首を傾げる。
「すげー触れたいのを我慢してるわけで、だからそーいう話は今日はナシの方向で」
あ……そういう……
やっと哲の言いたいことが理解できて、途端顔に一気に血が上る。
「はは、顔真っ赤。やっと俺、男ですかね。まぁ、今日は我慢します」
ホントは触りたいんだけど、なんて呟くから思わず壁に張り付く。
そんな私の動きを見ながら、哲は面白そうに馬鹿笑い。
「ねーちゃんにとって、この家最後の夜だからな。幼馴染の無害な哲くんになりましょう。凄いだろう、口調まで戻してるんだぜ? えらくね?」
肩を竦めながらおどけて言うから、強張っていた身体から少しずつ力が抜けていく。
「――ホントに?」
「ねーちゃんが調子こかなきゃ」
コクコクと頷くと、哲の視線は隣の家に向けられる。
さっきまでついていた南の部屋の明かりは消されていて、夜に沈んでいた。
「よく、こうやって遊んでたよな。ベランダにいるのを見つけたら、消しゴム投げたりしてさ。夜中にコンビニ行ったり」
話し方が落ち着いたのにほっとして、体勢を直すと頷く。
「さっき、それ思い出してたんだ。夏とか川原に散歩とかね」
「そうそう、親に見つかって怒られたりとかな」
話し出すと、止まらない。
あの頃の、きらきらした思い出達。
たまには、いいのかもね。こーいうの。
でも、もうここには来ないから。
こんな日は、二度とないかもしれないけど――――