10
「美咲ねーちゃん」
――
「? 哲、どうしたの?」
哲は私の言葉に、綺麗に微笑む。
久しぶりに見る、意地悪そうな笑顔じゃなくて。
あぁ、こうやって見ると、哲を好きになる女の子の気持ちが分かる気がする。
「久しぶりに、昔の幼馴染に戻ってみようぜ。俺がまだ、美咲をねーちゃんって呼んでた頃に」
「なぁに? 幼馴染ごっこみたいね」
「ごっこも何も、今も幼馴染だろ」
まぁ、そうなんだけどさ。
哲が気を遣ってくれてるのが、分かる。
昔の。美咲ねーちゃんと呼ばれている頃の私は、幸せの中にいたから。
思わず微笑むと、哲も笑う。
「久しぶり、美咲ねーちゃんなんて呼ばれるの」
小学校の頃から、美咲って呼ばれてたから。
哲はカップを持っていない方の手で頭をかくと、視線を窓の外に向ける。
「恥ずかしい事言うけどな、俺、小学校の頃からお前のこと好きだったんだよ」
――
「えっ?」
思わず聞き返す。
手を後頭部に回して首に当てながら、照れた様に笑う。
「弟って思われたくなくて、呼び捨てに変えたんだ。少しは何か伝わるかと思ったけど、あっさり返事されて目論見は失敗に終わりました」
はは、と小さく笑うと持っていたカップを傍らの机に置く。
「そう……だったんだ」
溜息とともに呟くと、なんだか顔が笑ってしまう。
「何笑ってんだよ」
少し拗ねたような表情は、昔の哲のまんま。
手を伸ばして、頭を撫でる。
「うん? だってなんだか久しぶりなんだもの、哲が可愛いのなんて」
「また年下扱いしやがって」
「年下でしょ」
頭に触れていた手を戻すと、壁に寄りかかる。
「……ありがと、哲」
「ん?」
哲の視線も、窓の向こう。
「ここにはもう私の居場所はないけれど、それでも楽しい思い出がいっぱいあるから。ありがとね、気を遣ってくれて」
「――また、美咲ねーちゃんらしくない言葉だな。だいたい、今の俺の告白、あっさり流しただろう、コノヤロ」
そう言って、意地悪そうに笑うから。つい、意地悪したくなる。
「それなら聞きたいこと一つ」
視線を哲に向けて、覗き込む。
少し後ろに身体を反らした哲が、眉を顰めて見返してきた。
「そんな昔から私のこと好きだったって言うけどさー、なんであんなにキス上手いの?」
途端、複雑な表情の哲。
そのまま、視線を窓の外に向ける。
「窓の外には、答えなんてないよー」
「――お前、ふつーそんな事聞く?」
少し、耳元が赤いのは見間違いではないだろう。
「美咲おねーちゃんは聞きたいなぁ、ねぇねぇ、いったい私の知らないところで何人と付き合ったっ」
哲からかうのって、じつは面白いんだよねぇ。
生意気小僧になってからは、言うと嫌みったらしく鼻で笑われるだけでやめてたけど。
課長には聞けないけど、こんな哲なら聞くのが怖くない。
なんていうか、すみません。調子のいい奴で。
哲は腕を組んで溜息をつくと、足で私のすねを軽くける。
「若気の至り。そういうお前はどうなんだよ、高校の時のあれだけか?」
「――また嫌なものを思い出させるね」
楽しくなっていた気持ちが、しゅうっとしぼんでいく。