9
「起きてたんだ」
哲から視線をはずして、もう一度となりの家を見る。
「で、俺が何?」
家の壁にもたれながら、哲も同じ様に隣の家を見る。
哲んちの庭が結構あるから、向こうの家の人はベランダに出ない限りこっちには気付かないだろうけど、夜中に二人で見てるのって失礼なのかも――
そんな関係のないことをぼけっと考えながら、んーっと小さく笑う。
「ん? ここってさ、何か思い出すと哲が登場するんだよ。さすが幼馴染だよねぇ」
「そらお前、俺が幼稚園はいる前にここに越してきてから、どんだけお隣さんしてたと思ってんだ。ホントに世話のかかるねーちゃんだった」
「哲だけには言われたくない」
お前の世話のが、かかってるっての。
溜息をつく。
しばらくそのまま無言で、空を見上げる。
「お前、辛い?」
そろそろ寝ようかな、と思ったとき、哲が言いにくそうに口を開いた。
「え?」
思わず、聞き返す。
「いや、お前引っ越してから、ここに戻ってきたことねぇじゃん。俺んちにも来た事ねぇし。お袋は最後だからって言ってたけど、連れて来てよかったのか、今、少し後悔してる」
珍しく気遣うようなその口調に、目をぱちくりさせて見上げるとなんとなくばつ悪そうにそっぽを向かれた。
おばさんから、何か聞いてるのかな。
両親と縁を切ったこととか、哲に話してないし。
でも。
「うん、大丈夫だよ。確かにいろいろ思い出したけど、こんなことでもなきゃここには来なかっただろうし。哲んちが引っ越すなら、本当に来る機会がなくなっちゃうからね。最後に見れてよかったよ」
哲を見て笑うと、ほっとしたように奴は壁から重心を戻す。
「美咲、まだ起きてる?」
「うん? そーだねー、ちょっと目が覚めちゃったかな」
「じゃ、ちょっと待ってろ」
そういうと、哲は部屋の中に引っ込んだ。
途端、隣の部屋のドアが開いて、下へと階段を降りていく音が聞こえる。
なんだろ?
よく分からない哲の行動に、首を傾げる。
あぁ、でもなんか今の会話って、昔の哲を思い出すなぁ。
小学校の頃の哲、一生懸命私の後ろを追いかけてきて、可愛かった。
しばらくして、階段を上がる音がしたかと思うと、部屋のドアがノックされた。
「哲?」
問いかけると、がちゃりとドアが開く。
「はいっていーか?」
「そんな事聞くなんて、珍しい」
哲はトレーを片手で持ちながら、そのまま入ってくる。
「ほら」
トレーに並んだ湯気の立ち上るマグカップから、おいしそうなココアの匂い。
「うわっ、おいしそう! やだどうしたのよ、哲が優しいなんて気持ち悪い」
つい穿った見方をしてしまうワタシを許して。
哲は私にマグカップを渡すと、自分もとってベッドに腰掛ける。