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気まずそうにカウンターから離れてソファに座る哲は、無言。

同じく私も無言。

一人料理を作りながら鼻歌を唄うおばさんだけが、楽しそう。


食事の用意が終わって椅子についてからは、おばさん中心に話がすすんで、なんとか微妙な雰囲気が薄れたけれど。





「ほらほら、これなんかどう?」

箱から出した洋服をかわるがわる私に着せながら、手早く片付けていくおばさんの手際のよさにすごいなぁと内心感嘆する。

明るくて綺麗なおばさんだけれども、すごい優秀な秘書様で。

哲の事もあって日本で仕事をしているけれど、実際はおじさんのいる支社に行って欲しいとおじさんからも嘱望されていると聞く。


「ねぇねぇ、気に入った? 旦那と選んだから、あれにも後で感想伝えなきゃいけないのよ」

――あれって(笑

思わず苦笑いしたくなる言葉遣いに、やっぱり哲が似たのはあなたですよと内心呟く。

風呂に行った哲が聞いたら、怒られそうだけど。


「おじさんにも、お手数をおかけしたんですね。お礼を伝えてください。すごく、うれしいです」

「またそんな他人行儀な~、おばさん寂しいわ」

小さく頭を下げると、おばさんは溜息を盛大についた。

「今日はごめんね、本当はここに来たくなかったでしょう?」

少し表情を曇らせて、おばさんが呟くのを両手を振って否定する。


「そんなそんな、全然ですよ。もう、あれから九年も経ちました。いつまでも十八歳のお子様ではないですよ」

「……いつまでも、私にとっては可愛いお子様よ。今日ここに来てもらったのはね、私のね海外赴任が決まったからなの」

「「え?!」」

びっくりして叫ぶと、後ろからも叫び声。

いつの間にかお風呂から出てきた哲が、頭にタオルをのせて部屋に入ってきた。

「ちょっと待て、俺まで初耳だぞそれ」


おばさんは、そりゃそうだと言わんばかりに肩を竦めた。

「だって、今はじめて言ったもの」

「おばさん、おじさんのところに行くって事?」

私の言葉に頷くと、ソファに座りなおす。

「もう、あんたも大人になったんだからいいでしょ? 一人暮らしで」

動けずに立っていた哲が、なに言ってんだよとタオルを首に下ろす。

「俺、昔から早く親父のトコに行けって言ってただろ?」

「だって、お母さん、心配だったんですもの」

「そんなタマか、お袋がっ」

途端、哲に投げられる空き箱。

すんでのところで片手でそれを叩き落とす。


「来月には行こうと思ってるんだけど、この家をどうしようかとね。哲、この家売っちゃう? 貸しちゃう? あんた一人で住む?」

「……一人住まいは、勘弁。この家広くて、掃除すんの嫌」

実際、母親が帰ってくる前日に掃除機をかけているだけの哲だから、ずっと一人で管理するのは無理だろう。

なんだかんだ言っても、すでに先のことを考えられる哲は、やっぱり優秀な両親の子供なのかもしれない。


私には、ついていけない――


「向こうがメインになるから、たぶん一年に一度くらいしか戻ってこれなくなると思うのよね」

「ずっと帰ってこなくていいよ、めんどい」

再び繰り出される空き箱を、今度は綺麗にキャッチしてにやりと笑う。

面白くないのか、おばさんはいくつか空き箱を放って哲とじゃれていたけれど、落ち着いたのか私を見てにこりと微笑む。


「だからね、美咲ちゃんにどうしても会いたかったの」


――だからね



意味が


分かっている私には、あえて、言うことはない。


おばさんも


分かってて 口に出さないのだから



でも



目を細めて、おばさんを見る。


「大好きなおばさんがそばにきてくれたら、おじさん、とても喜びますね。好きな人のそばにいるのが、とても幸せなことだから」


「美咲ちゃん、ありがとう」


おばさんの幸せそうな笑顔が、私の胸に温かかった。


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