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「ホントびっくりさせないでよ、叫んじゃったじゃない」
哲の車の助手席で、鞄を抱きしめながらぶつぶつと文句を言う。
「うん、面白かった」
「面白くないっての」
今日出張先から帰ってきた哲は、私を迎えに会社の最寄り駅までわざわざ来たらしい。
「わりぃな、母さんが連れてこいってうるせぇから」
「いいよ、おばさんとお会いするの、二年ぶりくらいだもんね。最後に会ったの、確か空港でお見送りしたときだったし」
そう答えながら、盛大に溜息をつく。
「しっかし哲、福島まで車で行ってきたんだ。お疲れー」
出張に車で。私には出来ないね、ていうか車ないけど。
――金持ちの息子め。
海外出張から帰ってきてる哲のお母さんが、久しぶりに会いたいって言ってくれたらしくて、哲は出張帰りだっていうのに私を迎えに来るはめになったみたいです。
現状報告終了っ
「運転するの好きだし、今の部署だと休日なんてそうそう遊びに出てられないじゃん。息抜きも兼ねて、車で行ってきたんだ」
また、言うことがかっこいいねぇ。あー、むかつく。
息抜きで、福島までお車ですかっ
「お前も免許持ってなかったっけ? 運転すれば?」
「お金持ちとは違うんですー。免許はあっても、車はないんですー」
一般人、なめんなよ。
「だから、この車運転してみりゃいいだろ。たまにしないと、ペーパーになるぜー」
はっはっは、なりかけてますね。
「まぁ、そのうちね。あぁ、しっかし疲れた。哲も疲れたでしょ。帰りは電車で帰るから、気にしないでね」
「あぁ」
そっけない返事に、いつもの哲だなと思いつつ視線を窓の外に向ける。
普段見ない風景。
反対に、昔、よく見ていた。
高校を卒業するまでは。
頭の中で、哲んちに向かう道を辿る。
ここを右に行けば高校だな、とか。
中学の頃、よく花見に来てたな、とか。
ここで哲と大喧嘩したな、とか。
昔の思い出に浸りながら、少し、胸の奥がちくりと痛む。
小さく息を吐き出して、ごまかすようにとんとんと胸を叩いた。
――大丈夫。
もう、あれから九年もたった。
見ても、なんとも思わないよ。……きっと――