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自社ビルを出ると、冷たい風が吹いていて体が強張る。
「寒いなー」
ぶつぶつと呟きながら、駅へと歩き出す。
しかし、間宮さんすごいよなぁ。
金曜日は、絶対に残業しないもんねぇ。
今日も、六時の定時で上がったし。
もうすぐ駅に着くという時、ポケットの中で携帯が鳴り出した。
誰よ一体。
液晶画面には、哲の文字。
「あれ、哲? もう戻ってきたの?」
{なんだよその言い方。お前いまどこ?}
ははは、ふてくされてやんの。
「どこって、会社の最寄り駅」
携帯を耳に当てながら、駅の階段を上っていく。
{反対側のコンコースに行ってくれない?}
ちょっと頼みたいことがあるんだけど……と、哲は言葉を続けた。
「コンコース? んーと、ちょっと待って」
定期を出しかけていた手を止めて、改札の前を通り過ぎる。
そのまま反対のコンコースへと繋がる階段を、てくてくと下りていく。
「頼みたいことって何? 高い買い物なら無理だよ、私お金ない」
{お前、社会人の言葉かよそれ}
「だって昨日、斉藤さんと……」
――やば。
思わず口を閉じた私に、携帯の向こうから哲の怪訝そうな声が聞こえる。
{斉藤さんと、どうかしたのか?}
――飲みに行った……までは、言っても大丈夫だよね?
課長のことは、ばれないよ……ね?
いや、言ってもいいんだけど、隠すこともないんだけど、なんとなく。
{美咲?}
ととっ、黙ってたらおかしいか。
「昨日、斉藤さんと……ご飯、食べに行ったもんだから」
{……それで金ないって、どんだけ優雅な夕飯にしたんだ}
「ははははは、で? つきましたけど、なんですか。頼みたいことって」
ごまかせごまかせっ
早口で、でもおかしいと思われない程度の口調で話を進める。
{あぁ、そのまま右手に歩いて}
「右手?」
よく分からないまま、右の方に歩いていく。
{そこに、和菓子屋があるだろ?}
「何よ、やっぱり何か買って来いってことなんじゃない」
コンコースの外れにある、和菓子屋さん。
結構有名で、たまにお土産でもらったりする。
「ついたよー、何買うの?」
「買わなくていいから、車に乗れ」
「うひゃっ」
携帯を耳に当てていた私の後ろから、直接声が響いて慌てて前に飛びずさる。
そこには、携帯を片手に小さく手を振る哲がいた。