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階段を下りて、最上階で加奈子と別れる。

彼女は会長付の秘書勤務。

週に三回くらいしか来ない会長担当だけれど、仕事は忙しいらしく会長がいなくても部屋でデスクワークをしているらしい。

私はその一つ下の階、五階のフロアの半分を使い切っている企画課に所属している。

隣を歩いているコイツ、瑞貴 哲弘もそう。

私の一期下の後輩、で、さっき柿沼が言ってたとおりの幼馴染。

高校卒業で私が引っ越すまで、お隣さんに住んでいた。

大学は別だったから喜んでいたのに、なんだって会社が一緒かな。

しかも今年から同じ部署なんてさ。

「いいこともあっただろ?」

「は?」

いきなり思考を読んだかのような哲の声に、思いっきり顔をしかめる。

哲は薄い笑いで、口端をあげる。

「声に出てる」

――それはすみませんね

馬鹿にしたように笑う奴を、おもいっきり睨みあげる。


いいこと? 一つもないね。

どれだけ周りに馬鹿にされたか。

百四十九センチ、ちびっこ体型な私。

かたや。

百八十センチを越えるでかい身長、陸上選手だった身体は無駄な筋肉のないなんだか絵に描いたようなシルエット。

またむかつくことに顔もいい。

整った顔とさらさらの髪。私以外には優しいその性格で、どれだけの女がコイツの事を好きになったのだろう。

そしてその女たちに、さんざん睨まれてきた私。

あのさー、ただの幼馴染だってー。ゆっとくけど、自分じゃ選べないんだからね。

それさえも、むかつくんでしょうけれど。

ねぇねぇ本当はね、哲って嫌な奴なんだよ。

みんな騙されてるんだよ。


階段を下りて右側へと廊下を折れる。

廊下の途中に二重のドアがあって、その向こう側が企画課の管轄。

首から提げているIDカードでセキュリティーチェックを済ませ、フロアに入る。


うちの会社はステーショナリー中心の雑貨商品の企画販売をメインにしている。

その中で、私の所属している企画課は、その名の通り商品企画を担当する。

なので、セキュリティに関しては他の部署よりうるさい。

部署の人間以外入れないし、IDカードがなければ部署の人間でも入れない。

時々ID忘れて、取りに帰る大ばか者もいたりする。


――はい、私です。


「お、久我。またやったって? 課長と」

企画室に入っていくと、男の先輩が二人、見ていたPCから顔を上げてこっちを向いた。

いい具合に窓際にある課長のデスクには、その姿はない。

「やりましたよ……って、もう話しまわってるんですか? 斉藤さん」

私に声を掛けたがっちり体格の先輩社員、斉藤 良成に聞き返しながらその横、一番ドアよりの自分のデスクに手をついた。

「まわってるっていうか……なぁ?」

斉藤さんは、向かいに座って珈琲を飲んでいた間宮さんに話を振る。

ドアから見て四個の机が向かい合わせの二列で並んでいるから、間宮さんのデスクは私の斜め前。

哲は横をすり抜けると、私の目の前の席に着く。

間宮さんは苦笑い気味に口端を上げた。

「腹殴ったって?」

「――つい」

さすがにボディーブローはまずかったか。

「でも、あれは課長が悪いんですって」

「そうか、私が悪いのか」

その声に、びっくーっと背筋が伸びる。

はい? 今の声って……

ぎしぎしと身体から音がしそうな状態で、斜め後ろを振り返ると。

そこには壁にもたれて企画書を手に私を見る、加倉井課長の姿。

なんで課長がこっち側にいる!!


――さーいーとーおーさーん……

目線だけ斉藤さんに向けて睨むと、面白そうに親指を立てて私に見せる。

……意味分からん

とりあえず、ごまかさなきゃいけないわけで……

「だって、課長が……」

「なんだ?」

課長の言葉に、ふぅ……と息を吐く。

仕方ない。

やっぱりここはちゃんと主張しておいた方がいい!

「課長、一応私も女なもので。ナンパくらいはされたことぐらいあるわけで」

「はぁ?」

後ろから斉藤さんの呆れた声がする。

「だから、もしかしたら。本当にもしかしたら、来年中に結婚できるかもしれないじゃないですか」

「いや、無理だな」

――

右手の拳に力が入ってくる。

「なんで断言できるんですか?」

「そりゃ、見てれば分かる」

「だーかーらー、何でだって聞いてるんですよ」

前の席で、哲が肩を揺らして笑っているのが見える。

こいつら、私を馬鹿にして……

課長は眉を顰めて首をかしげた。

「分からん方がおかしい」

――――

「こんの意味不明上司めぇぇぇ!」


ごすっ


「……あ」

後ろから、間宮さんの声。

「またやった……」

続いて斉藤さんの声。

哲にいたっては、笑い声のみご登場。

私の右拳は課長のボディーにクリーンヒット。

自分で拍手したくなるような、綺麗なパンチング。


「お前、本当にすぐ手が出る……」

課長は右手でお腹に触れたけれど、全く意に介せずという風情で溜息を落とす。

間宮さんが、少し心配そうな声で課長に声をかけた。。

「課長、大丈夫なんですか?」

「ん? こんなもんで俺がダメージ受ける分けがない」

ぽんぽんと、お腹を叩く。

「哲、ほらね?! ちっともダメージ受けてないでしょ?! あぁ、誰かあの子にそっと伝えてぇぇ」

哲に懸命に訴えても、奴はとにかく笑うだけ。

ちくしょー、一番年下のくせに!

「久我はいったい、何を言ってるんだ?」

課長の言葉に、かちーんときつつ。

「まぁ、課長って大学の時ボクシングやってたから。ひびかないっちゃーひびかないか」

斉藤さんが腕組しながら唸ってる。

「え? そうなんですか?」

哲が斉藤さんに視線を移す。

そこかよ、お前の興味は!

「俺、おんなじ大学だったから。これで結構強いんだぜ? 課長って」

その言葉に、思わず皆で課長を見る。

課長は少し眉を顰めて、見返す。

「なんだ?」

なんだって……


ちっとも強く見えない――


思い思いに否定的な考えを巡らす部下たちに、課長は無駄口の終わりを告げる。

「まぁどうでもいい。それより仕事だ仕事。さっさと席につけ」

「へーい」

斉藤さんの間の抜けた返事に、机に置いてあった資料に視線を落とす。

っていうか、私が結婚できるかどうかなんて課長に関係ないっての。

何で否定されたのか、根拠が一つも分かんないし。

ただ、同期の結婚が決まったから、ノリで言ってみただけで。

それにクソ真面目に答えられるたら、頭にくるのは仕方ないと思います。


釈然としない頭を人差し指でつつきながら、無理矢理仕事モードに持っていく。


大体私が柿沼に逆恨みされるのも、この職場環境の所為。

私の視線の先には、ホワイトボードに企画段階の商品名を書き連ねていく企画課の課長、加倉井 宗吾。

三十歳で役職持ち、しかも会社の中枢企画課の課長。

派手な顔じゃないけれど真面目を絵に描いたようなこの方は、将来性を込んで人気があったりする。

ただ、真面目すぎて面白みないけどね。

っていうか、思ったことを口にする面倒な奴だけどね。


んで、間宮さん……間宮 要 二十九歳……だったっけな。

細身の眼鏡をかけて少し長めの髪を後ろに流す姿は、……そうだな古いけれど王子様みたいな感じ?

なんだか、白のタキシードとか似合いそう。

まぁ実際は、本好きの物静かな人なんだけど。

斉藤さんも間宮さんと同い年で、二十九歳。

学生時代柔道をしていたらしくて、なんていうか胸板厚すぎっなくらい、ごつい身体。

まるでド○ベンのような、気は優しくてちーからもち♪を、体現したような人。

で、哲。瑞貴 哲弘。

今年営業から異動になった新人……のはずなのに、私より態度がでかい。

私の一つ下のこいつは、さっき説明した通り。面倒だから、もういいや。


で、最後に私。

今まで女性のいなかった企画課に、昨年から配属になった。

ただその理由は――

男並みに体力があって、男並みに仕事が出来て、男並みの生活に耐えられる女。

雑貨の企画だから女性を入れようっていう試みらしいけど、過酷な勤務だから男並みって言う前提がついたらしい。

仕事ができるって思われたことだけは、本当に嬉しい。

が。どうせ男並みだし、チビだし地味だし。

イマドキの格好だって似合わない。

華々しい恋愛とは、対極に位置してる。周りから見たら。

だからといって、こんな男だらけの中に放り込むのもどうかと思うけど……人事部め。


いろんな人が好意を持っている男の中に放り込まれて喜べるのは、気の強い人か気づかない人だけだって……。

ただ、文句は言われるけれど別に実害はない。

仕方ないことだって分かってるだろうし、それ以上に柿沼の存在。

あからさまに攻撃するもんだから同情票が私に集まって、基本、柿沼とそのお取り巻き達にあわなければ全然へいき。

だいたい、私なんか眼中ないって思われてるんだしね。

――さっきの柿沼談。


頭の中で一通り自分の状況を考え慰め終えると、手元の資料に眼を落とす。


――ん?


ホワイトボードと手元の資料を見比べる。

どう考えても、今日は定時であがれない。

それ以上に、帰れるかどうかも定かじゃない。


周りに聞こえないように、ふぅと溜息をつく。


こんなところに、好んで異動する奴なんていないよなぁ。


課長の説明を聞きながら、自分のやるべきことをメモしていく。


それでも、この仕事。

職場環境は無視しても、けっこう好きなんだよね。

地道にこつこつは、地味~な私に、一番あってるんじゃなかろうか。


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