20
腕を組んで私を見下ろしている課長に、小さな声でお礼を言う。
「あの、ありがとうございました……。で、――帰りますんで。私の鞄……」
見下ろしている課長の顔を見上げたら、つめたーい視線とかち合って慌てて目をそらす。
こわーいよー
怖いんだけどー
「あ、久我~」
その時お風呂場の方から斉藤さんの暢気な声が聞こえてきて、慌てて脱衣所のドアに駆け寄る。
「なんですかっ、斉藤さん!」
課長の前から逃げられた~
斉藤さん感謝!
まだ服を脱いでいる途中と思われる斉藤さんが、のほほ~んと破壊的言葉をよこした。
「お前の鞄、ここに俺が持ってきてるから。帰るためには、ここのドアを開けなくてはなりません」
「はぁっ?」
なにしとんじゃ、われぇっ!
慌ててドアノブに手をかけようとしたら、
「俺、いま真っ裸だけど入る? 別にいいけど」
すんでのトコで、手を止める。
「こーのーおーやーじーっ」
「あははははーっ、まぁ観念することだね」
笑い声を従えて、奴は風呂場へと入っていったらしい。
いや、ほら。
お風呂場って、音が反響するから。
見てはいないよっ
「斉藤の言うことは聞くのか」
「!」
突然耳元で聞こえた声に、びっくりして目の前のドアにピタッとひっつく。
「お前、俺の言うことには耳を貸さないくせに」
――そうおっしゃられましても……
「言うことを聞くというか、聞かせられているというか……」
ぶつぶつとドアに向かって言い訳を呟いていたら、課長の腕がおなかに回って力任せに持ち上げられた。
「うっわっ」
いきなり宙に浮く感覚に小さく叫ぶ。
そのまま歩き出した課長の腕を、慌てて掴んだ。
「課長、歩けますからっ。離して下さいっ」
いちいち持ち上げなくていいからっ
心臓に悪いっ
「うるさい」
課長の声音に、ぷっつり黙る。
――怖いです、あの時みたいです。襲われてるみたいです。
そのままリビング横の部屋のドアを開けて、その中に私を下ろす。
「黙って泊まっていけ。この時間に、女を一人で帰す奴がいると思うのか」
「……課長」
「黙れ」
――はい。
無駄かぁ。諦めるか、仕方ない。
明日の朝早く出て、仮眠室でシャワー借りよう。
着替えは、机の中にあるし。
諦めて後ろを見ると、ベッドが一つ。
――寝室ですかっ、ここはっ
「わっ、私はリビングでっ」
慌てて部屋から出ようとしたら、課長に遮られる。
「リビングで俺と斉藤が寝るから、黙ってそこで寝ろ」
「いや、それは。ここ課長の家ですし、私がリビングで斉藤さんと……」
そう言って課長の横をすり抜けようとしたら、Yシャツの腕が行く手を遮るようにドア枠を掴んだ。