12
――え?
思わずきょとっと課長に顔を向けて、パンから目を離す。
先輩二人も、びっくりしたように課長に視線を向けた。
当の課長はパソコン画面に眼を向けていたけれど何か不穏な空気を感じ取ったのか、ふと顔を上げて眉をひそめた。
「――なんだ、お前たち」
かちゃかちゃと鳴っていた、キーボードの音もやむ。
「……いやぁ、珍しい言葉が加倉井課長の口からでたなと」
変なものでも見たような斉藤さんの口調に、間宮さんが無言で頷く。
「ねぇ?」
斉藤さんが首だけ私のほうに向けて同意を求めるから、つい正直に私も頷く。
「なんか、拗ねられた気分」
「――即会議」
「げっ」
課長は見ていたファイルをパタンと音をさせて閉じると、椅子から立ち上がった。
「課長、まぁまぁ落ち着いて」
斉藤さんが課長を宥める様に、両手を上下に振っている。
課長は再び菓子パンを口に入れ始めた私を見て、低い声でゆっくりと宣告する。
「会議」
私はパンをもごもごと咀嚼しながら、ウーロン茶と一緒に飲み下す。
「だって課長、さっき会議時間はずらさないって。それって、後にも先にもってことですよね」
にっこりと笑って課長を見上げると、呆れたように溜息をついて軽く私の頭を小突いた。
「口の減らない奴だな、本当に。食べ終ったら来い。斉藤、間宮、五分後に小会議室」
それだけ言うと、さっさと課長は部屋を出て行ってしまった。
斉藤さんと間宮さんは苦笑いしながら課長の後姿を見送り、そのまま相変わらずパンを食べている私に視線を向けた。
「? ナンデスカ?」
その視線に、首を傾げる。
斉藤さんが視線を少し天井に向けながら、言いにくそうに口を開く。
「えーと。……加倉井課長と、なんかあった?」
――来ると思った……
言われると思っていた問いに、頭の中で用意していた答えを返す。
「別に何もないですが」
いえ、まさしくこの部屋で、ナニかありましたが。
ナニって、いや別にそれ一般のナニじゃなくて。
でも!
言いませんとも、えぇ、言いませんともっ
斉藤さんは怪訝そうな表情をしていたけれど、ふぅんと一言唸って顔を机に向ける。
「俺、加倉井課長と結構長い付き合いだけど、さっきみたいなのはじめて見た」
「あれって、照れ隠し?」
間宮さんが斉藤さんを見る。
既にパソコンをシャットダウンしたのか、電源の落ちる音がかすかに響く。
斉藤さんは、頭を横に傾けて眉をひそめた。
「たぶん」
私は二人のやり取りを耳で聞きながら、菓子パン片手に会議にいく準備を始める。
照れ隠し……、ていうか。あの課長が、拗ねたよ
自分にお礼がないって、拗ねてた
もしかして。
寡黙で何考えてんだかわかんない人だけど、昨日のこととか考えると、素は少し甘えん坊さんなのだろうか。
押しの強い甘えん坊……そして人で遊んで笑う意地悪課長
寡黙課長→甘えん坊課長
自分の妄想に思わず噴出してしまって、二人から怪訝そうに見られたのは言うまでもない。
そしてその日の会議も、散々だったことは言うまでもない(涙
お気ぬけの頭なんて、そんなもんさ