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皆が働いている時間の睡眠って、すごく気持ちいい。
たとえばさっ、学生時代の創立記念日とかさっ。
県民の日とかさっ。
他の皆が勉強してたり、仕事してたりするときの昼に目覚めるあの優越感。
素敵だと思います。
例え、起き抜けが課長の声だったとしても。
「お前、今日の午後の企画会議、忘れてないか?」
その内容が、破壊的要素を持っていても。
「――忘れてるわけないじゃないですか」
今日二回目の自画自賛。
私ってすごい。
メイクまで! ←ここ重要
メイクまで済ませて、十五分!
すごいよね? ベッドで目が覚めてから、十五分だよ?
自分に拍手を送りたい――
「おはようございます」
企画室のドアを開けて、なんでもない笑顔で中に入る。
会議まであと十分。
ぜんぜんオッケー。遅刻じゃない。
例え、お昼抜きだとしても……
「はよー、仮眠室出勤?」
斉藤さんがパソコンから顔を上げて、両手を広げて身体を伸ばす。
席に座りながら、苦笑い。
「なんですか、その造語。そうです、仮眠室出勤です」
そう言いながら、思わず斉藤さんの向こう側に視線が釘付け。
「久我さんよく眠れた? 昨日、遅くまでやったんでしょ。さっき課長から見せてもらったけど、すごい進んだね」
顔は間宮さんのほうに向いたけれど、やっぱり視線は固定中。
「はい、ちょっと頑張ってみました。これで当分の間、仮眠室残業しないで済みそうです」
「そう」
答える間宮さんの声が、楽しそう。
なんだろう、私のいない間に楽しいことでもあったのかな。
「あれ?」
なんで“それ”勝手に動くんだ?
じっと見つめていたものが浮き上がって、私のほうにやってくる。
何これ、願望? 妄想が現実?
何で……何で……、菓子パンがこっちにやってくる……
「俺は見えなくても、飯は見えるのか」
――あら
少しだけ顔を上げる。
「課長……、おはようございます」
そこには、菓子パンを持った課長の姿。
むすりとしたいつもの仏頂面で、私を見下ろしていた。
「お前、会議忘れてただろう」
「――先ほどもお伝えしましたが、忘れるわけないじゃないですか」
瞬きを繰り返しながら、小さく首を傾げる。
そんな、忘れて寝こけてただなんて
「正直に言ったら、これをやる」
「はい、忘れてました。昼抜きです、ください」
素直に両手を出して頭を下げると、その上に菓子パンが二つ乗せられた。
後ろでは、先輩二人の笑い声。
「お前、プライドってもんはないのか」
「一応、欠片くらいはあるつもりです」
わ~い、これでお昼抜きは免れた~
ご飯のためなら安いプライド、即効捨てるね
課長は軽くため息をつくと、自分の席に戻りながら捨て台詞を一つ。
「会議時間はずらさないからな、さっさと食え」
――鬼
昨日は一体なんだったのかと、疑いたくなるようないつもの課長。
う~ん、あれだけ笑ってた課長ってやっぱりレアね。
なんとまぁ、いつもの仏頂面。
びりびりとパッケージを破って食いつくと、隣から斉藤さんのでかい手が私の机の上にウーロン茶のペットボトルをトンッと音をさせておいた。
無言で視線をむけると、斉藤さんは顔を赤くさせたまま肩で笑ってる。
「さっき買ったけど、まだ開けてないから。やるから、飲みな」
あぁ、お優しい。
さすが斉藤さん。
「ありがとうございます」
にっこり笑ってお礼を言うと、向こうで課長の呟き。
「……俺には礼の一つもないのにな」