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「は?」
思わず間抜けな声が出る。
「じゃあ、いいか」
じゃあ、いい?
そう呟くと、私の手をぐっと引き寄せる。
――っ
思いっきり足を踏ん張って、その力に耐えた。
「お?」
意外そうな声に、視線を上げる。
「何度も、同じ手は、食いませんっ」
そうそう捕まってたまるかっ
課長は軽く笑うと私の手を離した。
「だからお前は面白い」
私は離された手をもう一方の手で掴みながら、少し下がる。
出来れば、ドアの向こうまで下がりたいっ
でも、鞄がなければ帰れない!
財布も定期も家の鍵もそん中なのっ
「面白いって……、こっちは面白くもなんともないですっ」
「瑞貴にも、まだ返事してないのか」
「――課長に関係ないです」
睨みあげていた私に、課長はため息をつく。
「あるだろう? もう人のもんっていうんなら、そうそう手は出さないさ」
「人のもんじゃなくても、そうそう手を出さないでくださいっ」
っていうか、人のもんでも少しは手をだすんかいっ
内心つっこみながら、目線は自分の鞄。
これさえ取れれば、さっさと部屋から出ちゃうのに。
「どうせ俺を上司にしか見れないように、瑞貴を幼馴染としか見れないとかいうんだろ」
その言葉に、顔が赤くなる。
何でそんな事、正確に分析されなきゃいけないんだ!
「もう、帰りますってばっ」
痺れを切らした私は勢いをつけて鞄を掴むと、ドアへと駆け寄る。
さぁ、このまま飛び出せば……っ
そのドアノブを掴もうとした瞬間、ドア自体がけたたましい音を鳴らした。
驚いて身体がすくみ、思わず眼をつぶる。
何? 何の音?
そっと目を開けてみると、私の横から足が伸びてドアを押さえていた。
――か、ちょー……の、足、だよね……
「俺は、お前のことが好だって言ったよな。覚えてんだろうな?」
――はい……
なんだか怖くて、小さく頷く。
あの、口調。口調が課長っぽくないです。
ダレデスカ、アナタ
「めしに誘えば逃げられるし、別にただの残業だってのに嫌がられるし、さすがに俺でも傷つくとは思わないか?」
――傷つくようなやわい場所なんて、課長の心にありましたっけ……?
だいたい、ごまするっていう誘い方ってどうよ
それでも何か威圧的なオーラを放つ課長を後ろに、私の言葉は口からは出ない。
「で、瑞貴と何かあったってことだよな? さっきの態度」
――何か……っ
そういえば、哲とキスしたのここ……
ぶわっ……と頭に血が上る。
うぁぁっ、血が引いたり上ったり忙しい体だよっ
「まぁ、けしかけたのは俺だけど……首まで赤いぞ」
とっさに左手で、首を隠す。
――って、何かあったこと肯定してどうするっ
「……久我、こっち向け」
――それは、勘弁して欲しい
「久我」
思わず鞄を抱きしめる。
無理っ。しかもなんか、課長怖いしっ
「じゃあ……仕方ないか」
ドアから足が離れる。
横目で見ながら、それでも動けずに視線だけでそれを追っていたら。
腕を掴まれてくるっと、課長の方に身体を向けられて。
その拍子に、手から鞄が外れて床に落ちた。
「――強制執行」
普段見たことのないような意地悪そうな表情が、視界をうめた。