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それは終わりと始まりの音。・1

哲のその後……




「あの、ありがとうございました」


下から見上げてくる大きな瞳に、心の奥の傷が小さく主張する。


「気にすることないよ。じゃあ」


ひらりと体を反転させると、見慣れたエントランスから表へと足を向けた。

きっと、寂しそうな表情で俺を見ているだろう、彼女から逃げるように。






小さな体、大きな目。ストレートの髪を一つに括って、化粧っ気の少ない顔で大人しく笑みを浮かべる。

違う人間だとわかっているのに、傍に寄りたくなる衝動を抑えられない。


似ている。

似ている……美咲に。




神奈川勤務になった俺は、真崎が発足した企画広報部で働いている。

課長と美咲、斉藤さんは本社勤務のまま動かず、間宮さんが一緒に神奈川へと移動した。

慣れない仕事もなんとか軌道に乗ってきた頃、ラウンジで彼女を見かけた。


美咲がいる、と本気で思った。

後姿だけなら、本当に美咲にそっくりで。

息が、止まるかと思った。


自動販売機前で小銭をばら撒いてパニックになっていた彼女に、傍に転がってきた百円玉を拾って自然に見えるように近づく。

「はい」

ニコリと笑って硬貨を持つ指先を手元に差し出せば、ありがとうございますと焦った顔の彼女が俺を見て固まった。

けれど、俺もやっぱり固まったから、すぐに反応できなかった。



正直に言えば、顔はそんなに似てない。

佐和先輩を連れてきても、似てないでしょ、と言われるだろう。

けれど、なんていうか……


驚いたようにうっすらと唇を開けて、目を見開くところとか。

他人より、ほんの少しドジな所とか。

慌てて小銭を拾おうとして、余計財布からばら撒いているところとか。


……雰囲気。

雰囲気が、美咲に似てた。



「……あの、ありがとうございました」

お礼を言う彼女の声に、やっと作り笑いを貼り付けられた。





本社にいる美咲とそんなに会わなくなった。

けれど月に一度は真崎達もいる俺んちに課長とやってきて、一日中料理や掃除をして過ごしている。

俺の親と約束したらしいけれど、その状況を喜ぶべきか嘆くべきか。


会わなければ、もっと早く忘れられるんじゃないかとか、くだらないことでたまに悩む。

成人式越えの片思いは、忘れようと思って簡単に消してしまえるものではなく、かといってすでに望みのない想いにしがみついていることを容認できるわけでもなく。


それでも美咲が笑ってるから。

課長の傍で、幸せそうに笑ってるから。



だから、自分だけの人を、今度は見つけようと……そう思ってた。のに。






駅へと続く道を歩きながら、自己嫌悪に落ち込む。

彼女が、俺に好意を持っているのは見ていればわかる。

傍に近づけば、染まる頬。

緊張した様に、ぎこちなく笑う表情。


可愛いと、素直にそう思う。

傍にいるだけでそれなら、頬に触れたら?

肩に手を回したら?

抱きしめたら……





「瑞貴?」

「……っ」


突然かけられた声に現実に意識が引き戻されて、一瞬、自分がどこにいるのかさえ頭から飛んだ。

視線を彷徨わせながら後ろを向けば、見慣れた人が首を傾げながら俺を見ていた。


「瑞貴、どこに行くの?」

柔らかな口調で、俺を呼ぶ人。

「……間宮さん」

本社から同時期に異動してきた先輩社員、間宮さんが立っていた。


「どこ……って、その、家に帰ろうかと……」

いつの間にかのどがカラカラになっていたらしく、上擦った声が喉から絞り出された。

それに片眉を微かに上げて俺を見ると、間宮さんに柔らかいけど有無を言わさない雰囲気で近くのコーヒーショップへと連れて行かれた。


店の一番奥の席へと腰を下ろすと、お互い持っていたトレーをテーブルに置く。

間宮さんはちょっとごめんねと俺に一言謝ると、スーツのポケットから出した携帯を弄ってすぐに戻した。

「彼女さん、お元気ですか?」

間宮さんには、ずっと付き合っている恋人がいる。

信じられないけれど、間宮さんが追いかけて手に入れた女性(ひと)

仲のいい二人は、よくメールで連絡を取っている。

間宮さんは元気だよと答えると、カップに手を伸ばしてコーヒーを一口啜った。




「それで、家に帰るつもりで駅を通り越していた瑞貴くん。何処に行くつもりだったと?」




そう。考え込んで歩いていた俺は、気付かないうちに駅の目の前を通り越していたのだ。

声を掛けられるまで、全く気付かなかった。


「あ……、なんつーか。ぼうっとしてて」

「そう」


ぎこちない俺の声に、落ち着いた様子でじっとこちらを見る間宮さん。

その視線に、ここのところずっと考えていた事が脳裡を駆け巡って、……楽になりたいという気持ちに理性が負けた。

本当なら、口にするべきじゃない。

俺がどれだけ情けない奴かを、曝け出すだけの事だけれど。


顔を伏せたまま、視線だけで周りを窺う。


右隣はガラス窓。

間宮さんの後ろは壁。

左はスタッフルームでもあるのか、造花で仕切りになっていた。

後ろはガラスに映っているのを確認しても、人影はない。


ここなら、聞いて貰えるだろうか。

情けない、俺の内心を。



「あの」


「ん?」


間宮さんは持っていたカップをソーサーに戻すと、テーブルの上でゆっくりと両手を組んだ。

その手に視線を固定させながら、考えて……考えて……。

やっと俺の口から出た言葉は、自分で聞いても情けないものだった。



「まだ、美咲を忘れられないみたいです」


遠野です。皆様、大変ご無沙汰しております。

更新ほとんどしておらず、本当に申し訳ございません。

久方ぶりに、番外編を書いてみました。

お暇つぶしにお読み頂ければ嬉しいです^^

3話完結、今日連続投稿しちゃいます♪

どうぞよろしくお願いいたします。

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