ほれみたことか
なんか突然思いついたので。一発書きしてみました。
誤字脱字ございましたらすみません。
時系列的には、美咲が結婚した後のはなし。
「瑞貴ってば、絶対におかしい! なんでなの? どーして!?」
放課後の部室棟、その脇にある水のみ場に女性特有の高い声が響く。
既に辺りには人影がなく、その場所には制服姿の女子学生とユニフォーム姿の男子学生だけがいた。
瑞貴、と呼ばれた男子学生は、面倒くさそうにコンクリート壁に背を預ける。
「なんだよ井沢、俺の何がおかしいって?」
顔を洗った後のなのだろう。
肩に掛けていたスポーツタオルで、濡れた髪をがしがしと拭いている。
井沢……春香は、いつもよりうっとうしそうなその表情に唇をかみ締めると、両手を拳に握って瑞貴に食って掛かった。
「久我先輩はもう卒業しちゃってるんだよ? なんでまだ追いかけてるわけ?!」
理解できないとでも言うように睨んでくる春香を、瑞貴は意味が分らないと首をかしげた。
「それが? お前に、何の関係があるんだよ」
「だからっ! だから……っ」
切り返されて、口篭る。
何度も言っている言葉とはいえ、容易く口にできるものでもない。
瑞貴はそんな春香の態度を見て大きく溜息をつくと、壁から背を離してまっすぐにこちらを見た。
そんな場合じゃないと分っていても、どきん、と鼓動が早くなる。
しっとりと濡れて光る綺麗な髪とか、そこから落ちる雫が流れる首筋とか。
陸上部を引っ張っている部員だけあって、均整の取れたその身体とか。
目の前にして、顔を赤くしないでいられる女がいたらお目に掛かりたい!
思わず見惚れてしまいそうな瑞貴の姿に、それを顔になんとかだすまいとして内心八つ当たり気味に叫び倒す。
実際口から漏れるのは。呻きにもにた声だけなのだが。
瑞貴はゆっくりと春香に近づくと、目線を合わすように上体を屈めた。
「……なによ」
その行動に今まで以上に心臓が早鐘を打っているのが分るけれど、どうしていいのかわからない。
パニックに陥りそうになっている自分の頭を、なんとか保つだけで精一杯の状態なのだ。
そんな春香を見つめながら、瑞貴は口を開いた。
「何度もいわせんなよ。俺は、美咲が好きなんだ。美咲しか、要らない。悪いけど井沢、お前じゃない」
「……っ」
そう、春香は何度目かになる告白を、まさに断られたばかりだったのだ。
涙を零してしまいそうで、目を見開いてそれを留める。
絶対泣かない。
悔しい。
そうやって、全員を……瑞貴の事を好きな女の子、全員の気持ちを断ち切る。
そのくせ久我先輩に告白するでもなく、楽しそうに幼馴染をやってるこの男が――
この男、が。
好きで。
好きで仕方なくて。
ここまで言われても好きだなんて、自分が自分で嫌になる……っ。
何もいえずに睨むように見返していると、瑞貴はふと表情を和らげると、その掌で春香の頭を軽く撫でた。
「ありがとな。だけどもう俺なんかやめて、井沢を大切にしてくれる奴探してくれよ。……頼むから」
そう言って春香の横をすり抜けると、陸上部の部室へと歩いていく。
それが、この恋の終わりと気付いても何も口に出せなかった。
何度も告白して、何度も断られた。
自分でもしつこい女って、分ってる。いい加減諦めろって、思ってる。
でも――
――美咲ちゃんは、瑞貴 哲弘を幼馴染以上に思ってるんだよ。
ある時、聞いた言葉。
それは、一時期久我先輩と付き合っていた同級生の男の子。
――幼馴染以上に大切な……
訳知り顔で、嫌な笑みを浮かべて。
――弟ってね
悔しかった。
どんなに想っても、久我先輩しか要らないと言う瑞貴が。
それほど求めている人に、恋愛対象としてみられない事が。
それでも、久我先輩をずっと見つめ続けている瑞貴が。
悔しくて……、切なくて……
「だったら、早くつかまえればいいじゃない!」
そこまで脳裏に浮かべたら、思わず口が開いてた。
少し驚いたように、瑞貴が振り返る。
「早く自分のものにすればいいでしょ!? 何、相手の女の望むように動いてるのよ! ばっかみたい!!」
「……お前、結構大胆発言するな」
ぱちぱちと瞬きをしながら、呆気にとられている。
「うるさいわねぇ、こっちこそお断りよ! あんたみたいなヘタレ男! せーせーするわ、後悔したって知らないからね!」
「すげー、お前、いい性格してるわー」
うるさいわね、一世一代の名演技中なんだから!
零れそうになる涙を、歯を食いしばってとめる。
「あーあー、もう、ホントバカみたい! じゃあね、私帰るから!」
そこまで言い切って、くるりと踵を返した。
勢いのまま、ずんずんと正門に向かって歩いていく。
「いざわぁ」
後ろで、未だに好きな人が声を掛けてくるけど、振り返らない。
「ありがとな」
そう言って笑う彼に、
「いつか、ほれみたことかって言ってやるんだから! 覚えておきなさいよ!?」
後ろを見ずに言い返して、……私の恋は、終わりを迎えた。
「凄いわねぇ。そこまでいくと、立派にストーカーよあんた」
全国にチェーン展開しているお客の懐に優しい居酒屋で、私は呆れたようにビールを持っていた手をさげた。
「いや、ただの馬鹿?」
「お前、口の悪さは本当にかわんねぇな」
目の前に座る相変わらずキラキラしい男が、不貞腐れたようにグラスを煽る。
数年に一度行われる高校の部活の集まりに来た私は、卒業してから初めて、目の前に座る男……瑞貴に再会した。
それまではお互い会うこともなく、この集まりにもたまたま仕事の都合が合って急遽参加した上での再開だった。
あの頃よりも少し背が伸びたのだろうか。
きらきらしている雰囲気は変わらないが、少年っぽさを残していた高校時代の面影は既にない。
大人の男性に変わっていた。
そんな彼から聞いた久我先輩との顛末は……多分推敲の上大量に削除されまくっているであろう顛末は……、力が抜けてしまうほど呆気なく、なぜそれでも満足そうな雰囲気まで出せるのか理解できないものだった。
「それで? 久我先輩は、あっさり別の男に持ってかれちゃったわけ? あれだけ、『美咲しか要らない』とか豪語しといて」
「うわぁぁぁ、止めろ! 古傷抉るなっ」
「若さの情熱のまま、言っちゃえばよかったのに。私達に言ってたみたいに」
「うるせぇよ、忘れてーよ。高校の時の俺、抹殺してぇ」
「大学でもステキに噂になってたから、その頃の自分も消してこないとねぇ」
恥ずかしそうに頭を抱えていた瑞貴は、春香の言葉に視線だけ上げて睨みつけてくる。
「そんな俺を好きだ好きだと追っかけまわしてたのは、どこのどいつだよ」
「そうねぇ、私もその頃の自分を抹殺したいわ」
あぁそーですか、と拗ねる姿は高校時代を思い出させる。
猫を被っていた瑞貴は、あの告白を断られた後、私の前での態度が変わった。
それまで一線どころか壁でも建設しとるのかってくらい敬遠されてたのに、仲のいい友人になった。
それはもう、これまた唐突に。
うらやましいと周りに妬まれた事もあったけれど、瑞貴を諦め切れるまでの間は、辛くてたまらなかった。
恋愛対象からはずれ、友人というテリトリーに自分が入れられたのがよく分ったから。
だからこその態度だというのに、気付いていたから。
ま、吹っ切った後はどうとも思わなくなったけどね。
友人としての瑞貴は、好きだった頃の瑞貴より、付き合いやすくて楽しかったから。
このポジションが、数人しかなれない大切な位置だと気づいたから。
「で? いつだったんだよ。連絡くれればよかったのに」
唐突に話が変わって、瑞貴の指先が春香の左手を指差した。
そこには、綺麗に輝くプラチナリング。
「もう半年は経ったかな。だって卒業してから会ってないでしょ? それなのに連絡なんてねぇ」
「あー、俺が行ったら、旦那に嫉妬されるか?」
ニヤリと笑う瑞貴に、口端を上げて笑み返す。
「くまさんのように包容力のある旦那だから、カッコイイねーとか言ってそう。純粋に」
家で待っているであろう旦那の笑顔を、脳裏に浮かべる。
「はいはい、ごちそーさまでした。ノロケなんて、聞きたかねーよ」
苦虫を噛み潰したような顔をして、瑞貴が席を立つ。
少し離れた机にいるグループから、呼ばれたようだ。
春香は、はいはいと軽く手を振ると、思い出したように瑞貴を呼んだ。
「なんだよ」
そういいながら律儀に立ち止まった瑞貴に、春香は満面の笑みを向ける。
「ほれみたことか」
それは、高校時代の淡い恋心の欠片。
君は何を想う、完結してからだいぶ立ちます。
お気に入り登録してくださっている皆様、お立ち寄りくださっている皆様、本当にありがとうございます。
たまに思いつく短編を入れる為、連載設定に戻そうと思います。
最近、ほとんど更新できず、すみません。




