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君だけを見つめていた 9

――今日という日の終わり 瑞貴家――


side 哲




「まさか、あそこで瑞貴が出てくるとは思わなかったよなぁ」

食事会が終わり、いつものメンバーだけがうちに集まった。



課長と美咲は、新居……といっても課長の住んでいるアパートに戻ったけれど。


「久我部長に自分が頼んだって言われなかったら、俺、傍まで来たお前に聞いちまいそうだったよ」

「さすがに俺が、そうはさせないけどね」

斉藤さんの言葉を、間宮さんがぶった切る。

「俺だってびっくりでしたよ。自分が結婚する前に、バージンロードを歩くとは。まぁ、いい経験にはなりました。自分の時は失敗ナシですね」

持っていた烏龍茶を飲み干して、おかわりを注ごうとテーブルの上にあったペットボトルに手を伸ばす。


「あ、瑞貴先輩、ココア飲みません? 昨日久我先輩が飲んでたらしくて、封が空いてるから早めにって朝に言われたんです」

田口が烏龍茶のペットボトルを持った俺に、ココアの袋をがさがさと振って見せた。


既に隣にいる加藤と淹れているのか、気付けば部屋に甘い匂いが漂っている。

田口の言葉に反応したのは、斉藤さん。

意外と甘い物好き。

「俺飲みたい。でも冷たいのがいい」

斉藤さんが手を挙げて希望を言うと、私たちも冷たいの飲みたいんで、と田口が頷く。

それに触発されるように、全員がアイスココアを飲みたいと田口に伝えた。


「瑞貴先輩は?」


その言葉に、少し動きの止まっていた俺は、ペットボトルをテーブルに戻した。

「俺は、温かいので」

「え、暑くねぇ?」

驚いたように聞き返す斉藤さんに、飲みたいんで、と頷き返した。



しばらくして、テーブルの各々の前にココアが置かれる。

「こんな時期のココアも、おいしいねぇ」

真崎が喉を鳴らして一口飲み込んだ。

その姿を見ながら、自分のマグカップに入ったココアを見つめる。



昨日、美咲が夜に飲んでいた。


ふ、と……思い出す。


眠れなくてシャワーを浴びに行って。

暑かったから、ベランダに出て。

漂う甘い匂いに気づいた。


横の部屋は、真っ暗で。

窓を開け放ったそこに、美咲がいた。

いつかの、幼馴染ごっこの日の美咲の姿が重なる。


あの頃は、まだ、美咲を手に入れる事を諦めていなかった。

いつからだろう。

美咲の気持ちが、課長に向いている事に気付いたのは。

悔しくて、苦しくて、やりきれなくて。

過去の自分を、恨んだりした。


なぜ、何もしてこなかったんだろうって。


でも。

たぶん。


美咲には、俺じゃダメだってこと、少しだけ気付いてた。

気付きたくないけど、分かってた。


俺は一緒にいることは出来ても、根本的な解決はしてやれない。

美咲が俺に甘えているのと一緒で、俺が美咲に甘えきっているから。

こんな二人じゃ、いつまでたっても何も始まらない。


気付いてても、納得したくなかった。

分かってても、理解したくなかった。


感情は、理屈じゃない。

説明できるものでも、間違いを正せるものでもない。



でも。

もう、それも。

昨日の俺も、昨日の美咲も。

全て、過去のもの。

過去の自分、過去の感情。




そこまで考えた時、ふと視線を感じて意識が現実に引き戻された。

顔を上げると、俺をじっと見る先輩達の顔。

いつの間にか企画課と真崎・佐和先輩だけになっていて、田口と加藤の姿が見えない。


「あ、どうしました?」

笑顔を顔に貼り付けて、近くにいる間宮さんに問いかけた。

「もう、大丈夫かな。瑞貴は」

その気遣うような声に、思わず苦笑した。

「大丈夫ですよ」

はは、と笑ってココアを飲みこむ。


「課長に美咲を渡した時、けじめって言うんですかね。変な話、壁みたいなのが出来た感じ」

「壁?」

真崎が、怪訝そうに口を開いた。

「壁って……、そう言っても美咲ちゃんが瑞貴の幼馴染ってことには変わらないのに」

「あぁ、そうなんですけど。加倉井課長の領域内っていうか。美咲が個人じゃなくなったというか。とりあえずどういえばいいのか分からないけど、俺的にあの瞬間、けじめつけたんです」

「なんだか素直だねぇ、瑞貴ってば。田口と加藤を部屋に戻らせたら何か話すかなって思ったけど、ここまで素直になるとは思わなかった」

真崎が、少し驚いたように声を上げる。

物珍しいものでも見るような、そんな顔。


「ま、そんな日もありますよ。先輩達、いろいろありがとうございました」

ココアを両手で握ったまま、頭を下げる。

小さく息を吐いてから頭を上げて、全員の顔を見た。


「俺は、大丈夫です。今日、かわいそーで不甲斐ない自分に、充分酔いましたから。明日から、がっつり自分の事考えて生きますのでご心配なく」


満面の笑みを浮かべて笑えば、そっか、と真崎だけ声を返してくる。



「じゃあ、お互いがんばろっか。瑞貴」

「お互い?」

言ってる意味が分からず首を傾げると、真崎は人差し指を佐和先輩に向けて甘ったるい笑顔を見せた。


「瑞貴が彼女見つけるのが早いか、僕が佐和を口説き落とすのが早いか」



――



一瞬の静けさの後。





「うぇぇぇぇぇぇぇっ!?」





ありえない程でかい叫び声が、あたりに響いた。

それは、真崎と佐和先輩以外全員の。




「おっ、お前、佐和が好きだったのか!?」

斉藤さんが、恐ろしいものでも見るように真崎に叫んで。

「私は嫌いって、既にお答えしてるんですが」

佐和先輩は、綺麗に笑って毒を刺し。

流石の間宮さんも驚いたのか、へぇと呟いて二人を見ている。



俺も、びっくりだった。

確かに、真崎は美咲を好きなわけじゃないって気付いてた。

小動物的な、好き。

あえて言うなら、家族の好き。


けど、まさか恋愛感情が佐和先輩に向いていたとは!




あまりの騒がしさに、二階の部屋に戻っていたはずの田口と加藤も降りてきていて。

話の内容を聞いて“もし付き合ったら、恐ろしく最強なカップル……”と恐れおののいている。


そんな中、俺は、びっくりを通り越すと人間って笑うんだなとか思いながら声を上げた。



「俺、真崎には負けたくない」

「僕だって、嫌だよ」



ふふん、とふんぞり返る真崎に、佐和先輩がにっこりと笑いかける。


「不戦敗ですよ、真崎先輩。私が先輩に落とされることは、絶対にありませんから」

「お願いします、佐和先輩っ」

「任せて?」



ふふ、と笑えば、真崎は得意げに笑う。



「ま、今はそれでいいけど?」




そんなやり取りを見ていた斉藤さんが、気の毒そうな目を佐和先輩に向けた。

「あー、付き合うのも面倒そうだけど、付きまとわれるのもうざそうだな。真崎の場合」

「酷い、斉藤。それでも僕の友達?」

「気持ち悪いこというな、旨い飯が逆流しそうだ」


そういいながらも、楽しそうで。



あぁ、この中にいることが出来て、本当に幸運だったなと口元が緩む。



思い出は沢山あるけれど、もうそれは帰ることの出来ない……変えることの出来ない過去で。

前を向いて、新しく始めていくしかない。

その俺を、見守ってくれる人達がいる。



たとえ俺の隣に美咲がいなくても、幸せな彼女を見ていられるならそれだけでいい。

彼女が幸せなら、それでいい。



俺も、自分の……自分だけの人を見つけよう。




美咲への恋心は、あの教会に置いてきた。

きっとそのうち、消えていく。



だから俺は、明日から前を向いて生きていく。




この、優しい人達に囲まれて。




ただ――


         ――今日からって言えない、俺を許して







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