3
「久我、大体の素材は決まったのか?」
「はいっ」
上機嫌で答える。
課長に紹介してもらった素材メーカーで、思う存分選びました!
課長が商談やってる最中、ほっといて自分の世界に没頭していました!
もらったサンプルの入った袋を両手に抱え、本社へと戻る途中。
既に、夜。
八時を過ぎた通りには、会社帰りの人達が駅へと歩いていく。
昼、資料室に逃げた私は、三時過ぎに課長に呼び戻され、そのまま商談に行く課長について素材選びに行ってきた。
企画室から飛び出していったことを、怒りもせず気にもせず理由も聞かれず。
ちょっと構えていたけれど、何事もなく本社に戻ってきた。
あー、よかった。
「課長、私夕ご飯買って行くんで。先に戻っててください」
最寄り駅からの道すがら、コンビニの前で立ち止まる。
「なんだ、今日泊まりか?」
「はい、さっさと進めて後を楽しよーかと。課長は帰ったほうがいいですよ、目の下クマできてる」
茶化すように言いながらコンビニの自動ドアを抜けると、後ろから余計なお世話だと課長の声が聞こえたけれど振り向かずにそのまま入っていく。
――ワザとらしかったかな?
どうぞ課長は残業しないでー光線を出してみたんだけど。
お弁当の前で腕を組んで考えていたら、いつの間にか横に人が立っていた。
「あ、すみません」
邪魔かと思って慌ててどいたら、そこには加奈子の姿。
「はぁい、美咲。今日はお泊まり?」
驚いている私を尻目に、にこやか~に笑ってる。
「声かけてよ、びっくりするから」
少し睨みあげるように見ながら、手前のパスタを手に取る。
「今日は泊まり。来週早く帰りたいから、頑張るんだもんねー」
「あらぁ? 来週泊まりにしたくない理由でもあるのかしら」
――
思わず動きが止まる。
そのまま加奈子の耳に口を近づけて、こそっと耳打ちする。
「――あんた……、一体どこまで知ってるわけ……?」
その言葉に、加奈子は自分もお弁当を持つと、さっさとレジに行く。
「ちょっと加奈子?」
慌てて後ろを追いかけながら、レジで会計を済ます。
そのまま加奈子は本社へと足を進めた。
「あれっ? 加奈子、もう帰りじゃないの?」
「今日ねぇ、夜だっていうのに十時に会長が本社に来るのよ。そのまま役員たちと、北海道支社に直行。だから時間余っちゃって、仮眠室でご飯食べようかなーって」
隣を歩きながら、首を捻る。
「なんで仮眠室? 食堂、まだ電気ついてるよ? 多分」
六時が定時のうちの会社、ほとんど人はいないだろうけど――
本社ビルの自動ドアをくぐりエレベーターに乗ると、やっと彼女は面白そうに笑いながら言った。
「だって、もし柿沼さんに話を聞かれたら、怖いでしょ?」
――はい