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それは楽しかった日々の終わり 新しい日への足踏み 2

「あーあ、美咲ちゃんのご飯も今日で食べおさめかぁ。寂しいねぇ」

最後の一口を飲み込んだ真崎が、箸をテーブルに置いて頬杖をついた。

「なんか長かったような短かったような。一年半ってあっという間だなぁ」

「短いですよ、もっと一緒にいられると思ったのに」

真崎の言葉を遮るように、田口さんがポツリと呟いた。

今まで笑っていたはずの彼女の表情が、泣きそうなそれに変わっていた。

「田口さん……」

「あーあ、空元気は出し切っちゃったか」

真崎さんが、苦笑気味に表情を緩める。

「一年半だって、加倉井課長にとっては長かったと思うけどねぇ。僕は一年くらいだと思ってたもの」

「まぁ、途中で部長兼任になったから仕方ないだろ」

真崎の言葉を、哲が継ぐ。

「まさか部長が出向とはなー」

思わず私まで苦笑する。


哲の家に住み始めて、もう一年半。

確かに最初は一年くらいを目途に結婚を考えて欲しいって課長に言われていたんだけど、一年経つ前に課長に、どすんと大きな責任がのしかかった。

企画課の直属部長が、半年の期限付きで取引先関連企業に出向してしまった。

会社の建て直しを含めた経営参加……、まぁ多分買収要素が強いと思うけど、それが決まって。

その空いた席は、半年後に部長が戻ってくる事が決まってるから、新しく部長を据えるより企画課課長に兼任させてしまえという、会社からの最悪にありがたいお達しがきてしまったのだ。


その所為で、課長の忙しさはMaxになった。

それはもう、殺人的な忙しさ。

影響は、企画課全員にも派生した。

しかも同じ部長の管轄にいる、真崎たち神奈川支社、広報企画部の面々にも。


急がしいったら、ありゃしない。

そんな状況で一緒に住むだの結婚するだのなんて、どう足掻いても無理だった。


その部長が帰ってきたのが、三ヶ月前。

影響の余波が収まるのに、それから二ヶ月は要した。


そんなこんなで、延び延びになっていた結婚式を、私は明日迎える。



「では僕から一言」

私がここから出て行くことで少し拗ねている田口さんを慰めながら頭を撫でていたら、少しかしこまった真崎の言葉に視線を向けた。


「美咲ちゃん、今までありがとう」


「……まさ……きさん――」


思わず涙が滲みそうになって、気付かれないように指で押さえる。

「いっぱいお世話になりました!」

「大好きです、久我先輩」

加藤くん、田口さん。


そして――


「美咲」


その声は、ここの家主。

私を家族として共に過ごしてくれた人。


「――哲……」


一番、感謝している幼馴染。


哲は外向きのイイ顔でにこりと笑うと、目を細めた。

「……返品されてくるなよ」


それかよ――


「てーつー」


同じ様に目を細めて見返すと、大笑いしながら椅子から立ち上がる。

「受け取り拒否だかんなー、課長に言っとけよ」

「土下座して受け取れ」

「だーれが」

哲につられるように立ち上がりながら、空いた食器を手に取る。

「まったく、子供の喧嘩だね。あぁ、でもこの二人にとっては精神年齢相当……?」

真崎が呆れたように首を傾げているのを見ながら、キッチンへと入って後片付けに入った。

続くように田口さんと加藤くんが、食器をシンクに置いていく。

種類を多く作ったから皿数が、半端ない。


「お風呂沸けてるから、おっさん二人から入っちゃってくださいよ」


スポンジに洗剤をとりながら、カウンター向こうの真崎と哲に話しかける。

隣では田口さんがお皿を濯ぐ係りですといわんばかりに、私がお皿を洗い始めるのを待っていた。


「おっさんて僕達の事? こんな大人気の男二人に、どんな言い草でしょ」

真崎がテーブルの上を拭いていたふきんを田口さんに渡しながら、拗ねた顔でカウンターに頬杖をついた。

「つーか真崎はおっさんでいいけど、俺、美咲より年下だから。俺がおっさんなら、お前おばさんだな」

哲は真崎の横で珈琲を啜りながら、食器を洗い始めた私ににやりと笑いかけた。

「はいはい。おっさんでもおばさんでも何でもいいけど、後がつかえるから早く入ってくださいー」

適当に流す私の言葉に、同じ様に適当な返事をしながら、哲と真崎がリビングから出て行った。


その姿を見送りながら、田口さんと加藤くんと一緒に洗い物を片付けていく。

二人と話しながら進めていたら、いつの間にか大量にあったお皿も片付け終わった。


タオルで手を拭いて、エプロンをはずす。


「はい終わり……と。二人ともありがとうね」

私と同じ様にタオルで手を拭いていた二人は、頷くと同時に頭を下げた。


「今まで、本当にありがとうございました。加倉井課長と、幸せになってください」

「また、料理を教えてくださいね。久我先輩」

加藤くん、田口さん。

ある意味、こっちこそお礼を言わなきゃいけない二人。


「私こそ、本当にありがとう。皆が嫌じゃなきゃ、たまには遊びに来させてね」


そう言うと、弾かれたように頭を上げた二人に、当たり前です! と叫ばれた。

「いつでも来てくださいっ! 私の家じゃないけど!」

「ていうか、明日来てくれても全然構わないんで!!」


「それは、加倉井課長が拗ねちゃうよ」

田口さんと加藤君の言葉に、ひょっこりと顔を出した真崎が突っ込みを入れた。


すでに風呂から上がった後なのか、肩にかけたタオルで髪を拭っている。

爽やか~に甘い笑顔を浮かべながら、あっさりと爆弾を落としてくれました。


「新婚初夜に、それは嫌だなぁ。僕だったら」

「――! まっ真崎さん!」

その言葉に、一気に顔に血が上る。

「何を言って……」

真崎を止めようとしたら、二人にはぁぁと溜息をつかれて立ち止まる。


「確かに……」

「あーあ」


……ちょっ……、何を一体納得……!?


思わず立ち止まると、三人からなんともいえない視線を送られた。


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