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「お前じゃ無理だな」
ふと、投げつけられたその言葉に、思わず身体が動いた。
「やったねぇ……」
とある会社のビルの屋上。
そこらへんにたくさんいそうなOLさんの中の一人、あ、私ね……が、きっと世界中の誰より不幸なオーラを纏ってこっそりと佇んでいた。
その隣でペットボトルのジャスミンティを飲んでいた彼女は、私を見ながら溜息をつく。
「なんで口より先に手がでるのかしらねぇ……、名前だけは女の子らしいのに」
もう一度溜息。
「ねぇ? 美咲」
その声に、顔を上げて彼女を見る。
にっこりと笑ったその顔は、半分以上呆れている。
「加奈子……、一応反省してる」
そのまま膝を抱えて壁際に丸まってみる。
あぁ、壁も冷たいわ。
気持ちいいけれど。
世間様の冷たさは、全身が凍りつきそうだというのに。
加奈子はぽんぽんと私の頭を叩くと、仕方がないとでも言うように大きく息を吐いた。
「まぁ、加倉井課長もこの性格分かってて構うからねぇ」
「でしょっ?!」
途端、加奈子の両肩を持ってぶんぶんと前後に振る。
「課長があんなこと言うから悪いんだよねぇ?! 仕方ないことだったよね? 私だけ悪いわけじゃ……!」
「……課長三割、美咲七割」
「えーっ、四公六民より悪い!」
思わず振り回していた加奈子の肩を離すと、頭を抱える。
江戸時代の年貢より悪いなんて!
とかいってそれは建前で、五公五民とか六公四民とかざらだったらしいけどっ!
って、そんなの今、関係ないかっ
そんな事をぐるぐる考えていたら、頭の上から男の声が降ってきた。
「まぁた、マニアックな突っ込みを……」
「へ?」
加奈子と二人で、上を振り仰ぐ。
ここは屋上。私と加奈子はその隅の一角にある結構大きいコンクリート製物置のドアに続く階段に座っていて。
その上といったら、階段か物置の屋根くらい。
そんなところにどこの物好きが……
ひょこっとだしたその顔に、再び私の顔が嫌そうに歪む。
「何で哲がこんなところにいるのよ。休憩の時くらい、あんたの顔見たくないんだけど」
「えー、一回やってみたくねぇ? ほら、マンガとか小説とかでさ、こういうところに転がってる主役の男ってありがちじゃん」
「自分で主役とかいうな」
「あはは、確かにねぇ」
哲の言葉に、加奈子は軽く手を叩いて笑ってる。
「お前も上がってみる? 仕方なく、手、貸してあげてもいいよ」
「遠慮させていただきます」
一刀両断で断ると、哲は綺麗な笑顔を加奈子に向ける。
「佐和先輩は? あがってみませんか?」
「そうねぇ、行ってみようかしら」
「って、いくんかいっ」
私の突っ込みを軽くスルーして加奈子はペットボトルを哲に手渡すと、物置の横についているはしごを伝ってなんなく階段の屋根に上る。
「裏切り者め……」
下から小さく呟く。
その声に、哲がにやりと笑ったのが見えた。
くそぅ、地獄耳め!
加奈子には聞こえていないのか哲の隣から顔を出すと、ほんわかな笑顔を私に向ける。
「美咲も上がってきなさいよ、気持ちいいわよ?」
加奈子の後ろに、青空が広がる。
――綺麗だなぁ、空も加奈子も。あんなに毒舌なのに、神様ったら意地悪。
「何、女に見惚れてんだよ気もち悪りぃ」
――この男、手ぇ引っ張って引きずり落としてやろうか。
その時、今私達がいる場所と反対側、屋上に出るドアが開く音がした。
加奈子が物置の屋根脇からそっちを見ると、慌てて顔を引っ込めて私に向けて手を伸ばす。
「柿沼さん達だよ! 美咲、上がっておいでっ」
「うげっ」
柿沼、その苗字に顔面から血がひいていく。
あわあわと加奈子の手を掴もうとしたけれど、いかんせん百五十センチに微妙に届かない私の身長じゃ指先が触れるくらい。
やばいやばいっ、さっきの事もう耳に入ってるよね?
まずいよね?
横のはしごに行きたいけれど、そっち側は階段から見える場所。
階段の屋根に上ってしまえば、物置の壁でなんとか隠れられそうなんだけど……っ
懸命に腕を伸ばしてなんとか加奈子の手を掴もうとした私の身体が、ぐいっと宙に持ち上がる。
「う、わっ」
「重いっ、お前自分でもどっか掴めっ」
「いっ、言われなくっ……てもっ」
哲に掴まれた手と反対の手で、階段の屋根を掴む。
足をドアの出っ張りに引っ掛けて力任せに腕を伸ばすと、わきの下から腕をまわした哲に屋根へと引き上げられた。
「いたっ」
どさりと屋根に身体がついた衝撃に、思わず小さく叫ぶ。
「しーっしーっ」
その口を加奈子が塞ぐと、三人で物置の壁に張り付いた。