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「そう、よかったわ。上手くいって」

昼休憩の屋上。

先週と同じ様に、綺麗な加奈子がふんわりと笑う。



午前中は、ちっとも仕事にならなかった。

興奮する斉藤さんの質問攻めに晒されながら、自分に矛先が向かないようにじっと黙っている課長を睨み付けつつとにかくメール処理だけ終わらせて。

いや、いつも黙ってるからわざとなのかよく分からないけれど。


昼休憩にくっついてこようとした哲や斉藤さんをこれでもかと牽制しながら、屋上に来たわけです。


「加奈子、本当にごめんね。心配も迷惑もいっぱいかけて」


加奈子に土曜に連絡したんだけど、金曜までの神戸出張が日曜まで延びたとかで、ちゃんと話すことができなかった。


加奈子はサンドウィッチをゆっくり咀嚼して飲み込むと、目を細める。

「迷惑はかかってないわ」

その言葉に、頭を横に振る。

「凄く心配してくれてたの分かるから。加奈子の機転というか……あの茶封筒がなければ、私、今頃どうなってたか分からないもの」


先週は、あの茶封筒が……退職届と信じていたあれがあったから心を落ち着かせることができた。

実際、退職届じゃなかったけれど。

でも、本当に退職届が上に受理されていたら、もう、こんな時間はなかったはずなんだから。


加奈子はごみをビニール袋に入れると、傍らにあるサブバッグにしまいこんだ。

ペットボトルの紅茶を飲んで、一つ息を吐く。

「これでも、びくびくしてたのよ? 余計なことをしたかもしれないって。上手くいって、本当によかった」

「うん、ありがとう」


私の笑顔に、にこりと返してくれる。


「でも、瑞貴くんも思い切ったことをしたものね。真崎先輩達がいるとはいえ、ホントあの子は可愛いわ」

可愛いって……

思わず、口元が緩む。


哲をそう見てくれる人がいてくれるのは、結構安心する。

あの子も、いろいろなこと、あったから。少しひねてる所があるし。

でも、ホントは可愛いんだよ。哲は。

一生懸命、私を守ってくれる。


「悪いことしたなぁって凄い思うんだけど、哲といられるの結構楽しいんだ」


高校を思い出す。

あの頃までは、結構、哲ってうちに来ていたから。

ホント、私の中では家族で。

両親より一緒にいる時間が多かったから、一番近しい家族なわけで。


哲に、辛い思いをさせてしまっている事、分かってる。

気付いてる。

でも、あの子が言い出してくれたのは、私を思い遣ってのことで。

何かきっと考えがあるはずで。


だから、少しの間、家族として過ごせる時間を、図々しいけど貰ってしまおうとそう思った。



加奈子は、立てている膝に腕を乗せて私を見ていて。

ふわふわな髪の毛が、風に揺れる。


「家族なのね、美咲にとって」

その言葉に、小さく頷いた。

「うん、大切な家族なんだ」


幼い頃から、ずっと一緒にいた、大好きな哲。

課長のそれと違っていても、大切なことには変わりない。


「大切……か」

「うん、大切」


呟く加奈子に、笑いかける。

そっか……と、加奈子は視線を反らした。


私は目を細めて、加奈子を見つめる。


「あのね。私、加奈子が大好きよ」


「……美咲?」


「大切な友達」


いきなり言い出した私に、視線を戻した加奈子の表情は少し驚いたような顔。



続きを話そうと私が口を開いた時、屋上のドアが開く音がした。

「いるだろ、まだ」

「あー、美咲に怒られますよー」

「俺も、そう思うけどな」

「おまえ等、知らんぞ」

斉藤さん→哲→間宮さん→課長


声のした方を見て、くすくすと笑う加奈子。

昼を食べ終わったらしい企画課の面々が、なぜか屋上に来たらしい。

なぜか……といいつつ、絶対に質問攻めにするためだろうけれど。


「いい先輩達ね」


つい、午前中のことを思い出してうんざりした顔をした私。

苦笑しながら頷くと、加奈子は右の人差し指を口元に当てた。


「ね、美咲。私、あなたの口から聞きたいわ。……あなたの本当の望みは何?」


その言葉に、加奈子を見つめる。


「あなたは今、何を想ってる?」



想う? そんなの――



「あのね、課長に怒られちゃうかもしれないけどね?」



近づいてくる声に、つい笑みが零れる。


「私が無くしたくないのは……」


幸せって、手の届かないものだと思ってた。


当たり前すぎて、気付けなかった。



私を、私としてみてくれる。

私と向き合って、理解しようとしてくれる。


そして――

守ってくれている――



「大好きな皆といる、この日常」



自分を心配してくれる、大好きな大切な人達。


課長、哲、間宮さん、斉藤さん、真崎さん……そして加奈子。

川島も、田口さんも加藤くんも――言いきれない程



「それが私にとって、一番大切」



どんなに辛くても、もう、無くすことなんて考えられない。







「あ、いたいたー。早く質問に答えろよ」

斉藤さんの、声。


物置の影から企画課の皆の姿が見えて。


「俺は止めてみたんだけどね」

間宮さんの、声。


「俺、知らねー」

哲の、声。


「ふふふ、美咲のボディーブロー。久しぶりに見たいわ」

加奈子の、声。


嫌そうな声を上げる斉藤さんの横から、私に近づく姿。

伸びてきた手のひらが、私の頭に触れる。


「久我」

課長の、声。

「寒くないか?」

心配してくれる、大好きな人の声。


「はい」


笑う私に、少し嬉しそうな色を浮かべた視線。




大好き。

皆。


大切な人達と過ごす、この日々。



絶対に、もう逃げない。


絶対に、もう無くしたくない。



当たり前という名の、なんでもないこの日常を――





「美咲。さっきの、答え」



立ち上がった加奈子が、振り返りながらにこりと笑う。




「合格」




その言葉に、心が一気に軽くなる。

満面の笑みを浮かべて、そこに在る私の幸せを見つめた。




辛いこと、悲しいこと、これからもいろんなことあると思う。

その度に、立ち止まろう。

独りよがりな答えを出さずに。

自分の本心とちゃんと向き合いながら。


逃げるんじゃなくて、消し去るんじゃなくて。

ちゃんと向き合いながら、いろんな努力を忘れないように。




分岐点に立たされたら、その時は必ず思い出すはず。




皆に、与えてもらって


哲に、気付かされて


課長が、実感させてくれて


そして、加奈子が言葉にしてくれた……





自分と向き合うための、この言葉


本心に気付くための、この言葉







       ―― ね、本当の望みは何?




                      今、君は何を想う? ――





                                       了



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