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「哲、じゃぁまた明日」

「おー」


あのあと、各々の部屋を決め、掃除を開始した俺たち。

美咲は課長が手伝って早めに終わらすと、夕飯を食べて後輩達と共に課長の車で帰っていった。


「本当に、いいの?」


と、何度も繰り返しながら。



美咲たちを見送って玄関のドアの鍵を閉めると、思わずそこに立ち尽くした。

どっと、疲れが出る。


はしゃぎすぎたな、少し。

変にテンションあげてたから、精神的にきつい。


不安そうな、美咲の顔が脳裏にちらつく。

それを振り切るように、頭をぶんぶんと思いっきり横に振った。



まぁ、そうだよな。おかしいと思うよな。

振られ男が、ここまでやるなんてさ。

つーか、いつ俺が箍をはずすかわかんないじゃん。

ある意味、よく課長が許したもんだよ。


でも――



「馬鹿な子だねぇ、瑞貴も」

「……っ」


思わず、身体が震える。

ぎこちない動作で後ろに顔だけ向けると、リビングのドア横の壁に真崎が寄りかかってこっちを見ていた。

腕を組みながら、少し呆れた顔で。



素になりかけていた表情を、少し引き締める。

笑みを口元に貼り付けて、身体ごと向き直った。


「何がです?」


そのまま廊下の手前にある階段を上ろうと一段、足をかけた時、真崎の口から溜息が漏れた。


「もういいよ、昨日散々瑞貴の本音は聞いたから。さすがにあれだけ飲ませると、瑞貴でも酔っ払うんだねぇ」

「――」


内心舌打ちしながら、肩を落とした。



昨日、会社帰りに真崎たちの飲み会に連れて行かれた。

ホント偶然。

真崎が思いのほか酔っていて、後輩二人も酔っていて。

それじゃぁと、タクシーでうちに連れてきた。

後輩達はついた早々あてがった部屋に入っていったけれど、なぜか真崎はリビングに居座った。

そのまま家飲みになだれ込んで……


つぶれたんだよ、この俺が。

強いはずなのに、いや強いのに。


しかも……


「その様子じゃ、記憶は残ってるんだね。ばっちり」

「……」


そう。

俺の得意技。

どんなに酔いつぶれようと、記憶は絶対に残ってる。

無意識に、セーブしているらしく。

あぁ、ほら。酔い潰して云々……って、男じゃなく女も使う手だろ?

こんな理由で、こんな特技身につけるって……空しい。



「いやー、本音を呟く瑞貴は、とっても可愛かった。……だから、美咲ちゃんがここに来る前に、吐き出しちゃいなさいなさい。もう充分、素の君を見ちゃったから」

くすくすと笑いながら、真崎はその場から俺を見ている。


くっ、よりにもよって真崎に醜態を晒すなんて、最悪すぎる。

こいつ、ホント……

ぜってぇ、酔った振りしてやがったな?



「でも……、ホント馬鹿な子だよ。どうしてここに住まわせることにしたの? 苦しいのは、自分だよ?」


……、分かってるよ。そんなこと。


真崎をじっと見る。

いつの間にか、貼り付けた笑みは消えていた。


課長とくっつくお膳立てして、自分の首を絞めているのに。

そのあと美咲と一緒に住むなんて、わけわかんねぇ事してるって自分でも思ってるよ。


あぁ、もういいかな。そうだな、吐き出しちまうかな。

どうせこいつは神奈川支社に行っちまうんだ。


目を瞑って、息を吐く。

そのまま階段の手すりに、身体をもたせ掛けた。


「このまま課長のところに転がり込んだら、あいつ、帰る場所が無くなっちまうだろ」

「……は?」


あいつには、実家がねぇんだ。

頼るべき、家族がいない。

向き合うとは言ってたけれど、分かり合える日がいつくるか分からない。


「それじゃあ何かあったら、美咲はどこに帰ればいい? 誰を頼ればいい? もしこのまま結婚したら、あいつ、俺さえも頼らないと思うよ」

いろんなことがあったから。

それが解決しましたー、はい全部上手くまとまりましたー、っていくわけない。

まだ、悩んだり悲しんだりすると思う。


だから。


「課長と結婚する前のクッションだよ、この期間は。その間に、ちゃんと俺も弟に戻る。せめて、そう見えるように努力する。俺は、あいつの居場所にはなれなかったけど、帰る場所にはなってやれるんだ」


俺だけの、特権だろ?

そう呟くと、真崎は眉尻を下げて目を細めた。

「そーいうこと……。でもそこまでしてあげなくてもって、思っちゃうけどね」


あまり見ない、真崎のまともな顔。

さすがに、茶化す気はないらしい。


「ちっせぇ頃からうちの両親は海外出張とかでいないこと多かったから、美咲んちに世話になってたんだ。だからあの頃の俺にとって、帰る場所は美咲だった。子供だった俺は、それで救われてたんだよ」


あいつにも、帰る場所を作ってやりてぇ。


血の繋がった家族は傍にいなかったけど、血の繋がっていない家族は傍にいてくれた。

幼い頃の俺にとって、美咲が全てだった。


今も、あまり変わらないけど。



「あんたが一緒に住んでくれるっての、助かった。あの後輩達の事も。じゃなきゃ、美咲は受け入れてくれなかっただろうし」


二人だけじゃ課長が許さなかっただろうし、最悪、佐和先輩に相談しようと思ってた。

まさか、課長までここに住まわしたら意味ないし。


「そっか、まぁそれならよかった。ふふふ、美咲ちゃんがここから出て行った後も、ちゃんと一緒に住んであげるから大丈夫だよー。寂しがらないでね」


「寂しかねぇよ、ま……でも」


真崎の言葉が、優しさからくると気付いたから。

肩を竦めて、手すりから身体を起こす。


「助かりましたよ、先輩」


真崎の心遣いが、嬉しかった。

初めて、こいつをちゃんと見た気がする。


ぴらぴらと手を振る真崎を見ながら、階段を上がっていく。





「……難儀な子だよ……」


何か真崎が呟いていたけれど、俺にその言葉は届かなかった。



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