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「お前、うちに来い」


――


「……はい?」


すみません、今、何かよく分からない言葉が聞こえましたが。

哲はなんでもないような表情で、だからー、ともう一度口を開く。


「ここに住めよ、結婚するまで。わざわざアパート借りる事もねーだろ。こんだけ部屋空いてんだから」

「はぁっ!?」

びっくりして、思わずソファから立ち上がる。


いやいや、まずいでしょ。

哲んちに住むのは、やばいでしょ! いろんな意味で!!


哲はにこにこと笑いながら、壁にかかっている時計を見た。


「今日中に荷物、運んじまおうぜー」

「いや、私、住むなんて言ってないし!」

両手を拳に握り締めて叫ぶと、哲は腕を伸ばして私の頭を掴んだ。


「“弟”として、俺がここからお前を嫁にやる」


「哲……、でも……」

気持ちは嬉しいんだけどね――?

そこまで甘えていいのかって感じもするしね?


哲は目を細めて頭を掴んでいた手を、軽くバウンドさせた。


「血は繋がってないけど、家族だって……あの時に言っただろ?」

「……」


それは、本当に優しい哲の笑顔。


駄目だ……

我慢していた涙が、目じりから頬を伝っていく。

こんなに泣くやつだったっけー、と、哲の指がそれをぬぐって。


「まー、課長もすぐに一緒に住みたいだろうけど。あんな話聞かされちゃ、嫌とはいえないだろ」

……?

「……聞か……されちゃ?」

その、言い方変じゃない?

服の袖で涙を拭いながら、首を傾げると。



「確かにな」



――!?


身体が、びくっと震える。




いっ、今の声――




哲を見ると、にやり、といつもの意地悪い笑みを浮かべた。


「あっはっはー。もしかして初めて聞いた話だった? 俺、先に聞いちゃった?」

「――ホント、可愛くない後輩だな」

「あれ? 弟なんじゃねーの? おにーちゃん」

「あー、前言撤回。こんな可愛くない、弟はいらん」

「へぇ? じゃぁ、美咲は嫁に出せねぇな」


ぽんぽんと会話を交わす二人の間で、一人、頭がついていってない私がいます。

あまりのびっくりさに、涙も止まってしまいました。


「……哲?」


目の前にいる哲を見上げると、肩を竦めて軽く笑う。

「俺、着替えてくるわ。まぁ、とりあえず二人で話せよ」


え、ちょっと待ってよ。いきなり……っ


歩き出した哲のTシャツを、咄嗟に掴む。

びっくりした顔で私を見下ろした哲は、少し目を細めて苦笑した。

「課長ってば、嫉妬深そうー。美咲、ガンバレ」

私の手をゆっくりとTシャツから外すと、ぽんっと背中を軽く叩いてリビングから出て行ってしまった。



一気に静まり返る、リビング。

空気が、めっさ重いです。

いっ……いったい、いつから……どこから課長は聞いていたんだろう……


いや、それ以上になんでここにいるの?



「――久我」

「うひゃっ」


いきなり耳元で聞こえた声に、横に飛びずさる。

そこには、いつの間にか課長が立っていた。

「お前、どんな動きだ。動物か」

「……人間も、動物の一部……」

少し屈むようにしていた課長の指が、私の頬をつまみ上げる。

「元気になったら、口も元気になったか」

「痛い痛いっ」

課長の手をおもいっきりばしばし叩いて、やっと離してもらう。


ほっぺたを押さえて、課長を睨み上げた。

課長は屈めていた上体を戻して、上から私を見下ろしている。


「なっ、なんでここにいるんですかっ?」

課長が哲んちって、普通こないよね?

それ見越してたのに、何でいるの。

課長は目を細めて、見下ろしたまま答えた。

「瑞貴の家に行くつもりで途中でメールしたら、お前がいるって返ってきた」

「……だから。そもそも、何で課長が哲んとこに……?」

行くつもりって、なんで?

「世話になったから」

少し面白くなさそうに呟いて、口を噤んだ。



……見かけによらず、律儀



そんなことを思っていたら。

課長が、諦めたように溜息をついた。


「あーいうことは、俺に言え」


ぽつりと、小さく呟く言葉に、首を傾げる。


「あーいうこと?」


って、何?


課長は首を傾げた私を見て、片手で顔を押さえた。

「課長?」

「だからっ」

隙間から覗く課長の視線に、その言葉の続きを待つ。


「俺と、その……なんで一緒に住めないか……とか……。昨日、何で帰ったかとか――」

「あれ、……帰っちゃいけませんでした?」

「そっちじゃなくて、いやそっちもだけど……いや、だから……」


何を言っているのか分からなくて、課長を見上げる。

なんだか、目元がうっすら赤い。

「課長、朝っぱらからなんかしてきたんですか? 顔、赤い。あ、それか慌てて来たとか」

「なんかしてきたって……」

一瞬驚いたように手を外して私を見た後、盛大に溜息をつきました。


なんなんだ、今日の私は溜息つかれデーか。


課長は諦めたように手を体の横に下ろして、私を見た。

「だから。結婚のこととか、アパートのこととか、両親のこと。瑞貴に言う前に、俺に言え。っていうか、なんで昨日言わなかった」

……そりゃ

「怒られるかと……」

ていうか、そんな最初の方から話を聞いていたんですか……


「後から聞く方が、怒る」


うぉ、無表情じゃない課長が目の前でイラついております。

「あー、あははは。今日の課長は、饒舌ですねー」

とりあえず、笑ってごまかしておきましょう。

「あははじゃない。……あのな、これだけは断言しておく」

ごまかされてくれなかった課長の手が、私の頭にのる。



「絶対、俺の方がお前を縛る。悪いが嫉妬深いんだ、覚悟しておけ」



「ほーら言ったとおりだろ、ぜったい嫉妬深いってー」

その声にリビングの入り口に目をやると、哲が呆れたような顔をして部屋に入ってきた。


「課長、俺んちに美咲が住むからって、意地悪しないでくださいよ~」

「なんでお前と二人でここに住まわせなきゃいけない。却下。アパートなら俺が契約してやる」

「うーわー、横暴~。おい美咲、絶対亭主関白になるぞ、考え直すならいまだぞ」


この二人、えらい仲良くなってないか?

なんとなく会話のやり取りが面白くて聞いていたけれど、哲が私に話を振ってきたのでちょっと突っ込んでみる。

「いや、だから。私をおいて、二人で話を進めないでくれないかな」

「お前は黙っとけ」

課長が、殺人的無表情視線を私に向けやがりました。


ムッとしたけれど、まぁこれも嫉妬心のなせる業ならある意味こそばゆい。

まぁいいや。二人で話し合ってくださいませ。


自分の事なはずなのに、話し合いにさえ参加させてもらえず。

諦めて紅茶のおかわりを貰おうと、まだ少し中身が残ってる哲と自分のマグカップを持ってキッチンへと歩き出す。




「男の嫉妬は、醜いっすよ~」

「お前に言われたくない」




なんか、話がそれてる気がする二人の横を通り過ぎる。


そのままリビングの入り口の前を通り過ぎようとしたら、横から人が飛び出してきた。




「大丈夫だよ、二人きりじゃないから!」

「うわぁっ」



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