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25


金曜日



一月、最後の日。

今日、真崎はここからいなくなる。



「美咲ちゃん、はかどってる?」

真崎が倉庫に顔を出したのは、窓から見える風景が真っ暗になってからだった。

私は屈んでいた身体を起こして、腰を伸ばす。

疲れを感じながら、真崎に振り返った。


「真崎さん、すみません。こちらからご挨拶にも行かないで」

中に入ってきた真崎は、近くの机に軽く寄りかかった。

「別に気にしないよ、美咲ちゃんだし」

その言葉に、首を傾げながら笑う。

「何ですか、その甘やかし発言」

「いいんだよ。僕、美咲ちゃんには甘いもん」

久しぶりの真崎の甘ったるい笑顔に、思わず力が抜ける。

「ホント、真崎さんは真崎さんですねぇ」

もう、まごうことなく真崎さんです。


「仕事は厳しいけれどね」


――甘いです、仕事も


内心呟く。


真崎は私の考えていることに気付いたのか、くすっと口元を緩めた。


「見越してるよ、美咲ちゃんのすることくらい」

「え?」

「分かってるよ、美咲ちゃんの考えることくらい」

「――真崎、さん?」


何を、と聞きそうになって思わず口を噤む。

仕事の事、だから管理課で手伝っていたことを知られてしまったんだろうと、そう思ったけれど。

もう一つ、隠し事のある私は思わず挙動不審な態度をとってしまう。


視線を真崎から反らして、足元の荷物を見る。

まだ、先の見えない倉庫の片付け。



「美咲ちゃんが、途中で仕事を放るとは僕だって思ってないさ」


仕事――


それは、真崎の? それとも、この倉庫の……? それとも――



俯いたまま顔を上げられないけれど、真崎の視線はじっと感じていて。


“分かってる”と言われて動揺した感情が、言葉さえも消してしまう。


何も言葉が出てこなくて立ち尽くしていた私のそばに、真崎が近づいてくる。

俯いた視線の先に靴の先が入ってきても、私は動けずにいた。

動揺した自分を、見せるわけにはいかない。

勘の鋭い真崎のことだ。簡単に、見破られてしまう気がする――



じっと、目の前で止まった真崎の靴先を見つめていた。

真崎も何も言わない。

きっと今誰かが倉庫に入ってきたら、大きな勘違いをしてしまうだろうこの距離は。

息苦しく、そして居心地が悪い。


なんで、何も、言わないの?


あまりの沈黙の長さに、動揺している自分を棚に上げて真崎を非難するような考えが浮かんでしまう。

視線を床の上でさ迷わせたまま、もうどのくらいだろう。

ほんの数十秒だったのかもしれない、もしくは数分。

感じる長さは数時間にも及んでいたが、突然それは終わりを迎えた。


「……えっ?」


包み込まれる、真崎の腕の中。

背中に回る両腕が、真崎の身体へと私を押し付ける。

反射的に、その胸を両手で押し返した。


「ちょっ……真崎さ……っ」

引き寄せたわりに思いのほか簡単に緩んだ真崎の腕の中から、後ずさる。

見上げた真崎は、じっと私を見下ろしていた。

「――美咲ちゃんらしく、ないね」

ばっ……と、勢いよく顔を上げる。

私、らしくない?


真崎は真剣な表情のまま、少し目を細めた。

「得意技、繰り出さないの?」

ふざけたような口調なのに、その表情は崩れない。


手のひらは、私の肩を掴んだまま。

緩い力なのに、振りほどけなかった。


真崎の、真剣な視線に。

いつかみた、あの、視線に。

脳裏に浮かぶ、初めて見た真崎がタバコを吸う姿。

口端だけ上げて笑う、いつもと違う大人の表情。

ふざけていない、落ち着いた声音。


あれは、確か

真崎の歓迎会の時だった――



「真崎、さん」

喉が、渇く。

掠れそうになる声で、名前を呼ぶ。

真崎は記憶にあるのと同じ表情で、口端だけ上げて笑む。

「――またね」

それだけ言うと、私の肩からその手を下ろした。

よく分からない言葉に何も返せずにいる私にもう一度微笑むと、片手を上げてドアから出て行ってしまった。



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