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24

木曜日――


静かな企画室、窓際に置いてあるデスクにのみ、人影。



既に、斉藤と間宮は帰宅していて、瑞貴は外回り。よって企画室には俺のみ。


木曜の夜といえば繁忙期なら忙しくしていることも多いが、年明けの一月。

三月以降の新規企画は既に自分の手を離れているし、ほぼ年度末に向けての纏め作業が多い。

斉藤も間宮も、上手い具合にこの時期だけは残業を回避して帰宅していく。

纏めた資料を確認する俺だけ、残業の比率が増えるわけだが――

イラつきと諦めを混ぜたような溜息が、口から漏れる。

倉庫に行けば久我がいるかもしれないが、あいつはこっちにはほとんど来ない。


昨日は昼に佐和がいたけれど、その後会長のお供で出張に行ったから今日は昼飯に連れ出そうとしたが、

十二時ぴったりに倉庫に行っても既に久我はいなかった。


どこに行っているのか。

また、何か抱え込んでいなければいいが――





目の前のPC画面には、マーケティングをお願いしている久我利明から上がってきた資料と企画商品の販売実績が、ウィンドウやタブでいくつも並んでいて。


発売して半年、俺の企画した商品は順調に売れ行きを伸ばしていた。

上からは、定番商品としてシリーズ化してはどうかと、打診がきている。

製造や管理課でこの企画に参加していた奴等からも、次回の企画がいつ出るかとたまに聞かれていた。

その延長に位置する連動企画として進んでいる久我の企画も、来月にはテスト販売にこぎつける。


同じメーカーの同種類の素材を使ったのに、着眼点の違う俺と久我の商品。

出来ればその二つを融合して、さまざまなラインアップを一つの企画で出して欲しいというのが上からの要望だった。

実際、久我利明や水沢から上がってくるマーケティング資料にも、同種の意見があったしその方向で進めようと思っていた矢先。



久我が、――ここからいなくなろうとしている



そんなこと、許すか。

ふざけるなよ――



課長としても、俺個人としても、どっちにしろ許さない。



見ていた画面から視線を天井に向け、背もたれに重心をかける。

ぎしりと、俺の体重を受けて背もたれが後ろに反った。

営業をやってた頃の自分を思い出して、懐かしく感じる。

こんな、椅子に座りっぱなしじゃなかった。


うちの企画課はどちらかというと自分で全てを生み出す、確かに攻めではあるけれど曖昧な目標を形にしていく職種。

だが営業は違う。

明確な目標を持って、それを手に入れるために動く。


どちらも冷静な判断と攻めの気持ちが必要だけれど、役職についている事もあって今の俺は冷静な性格を意識して保っていた。

いつの間にか、それがデフォルトになるくらい。



なんだか、自分が危険人物のように感じて、おかしな気分だ。



苦笑しながら仕事に戻ろうとした時。


「帰りまーしたー」


開いたドアから、調子のいい挨拶がかかる。

チャコールグレーのコートを手に、外回りに行っていた瑞貴が企画室に入ってきた。

俺はそのままの体勢で、瑞貴を見る。


「今日は、直行直帰じゃなかったか?」

一度ホワイトボードに視線をずらして、瑞貴の行動予定を確認する。

瑞貴は自分のデスクにつくわけでもなく、そのまま閉まったドアに背を預けた。

「ですよ。課長に用があって来ただけ」

「用?」


瑞貴を見る。

「そ、一言だけ……」

俺の言葉に頷く瑞貴の表情に、片手を向けて言葉を遮った。

「待て、瑞貴」

話し出そうとしていた瑞貴は、口を空けたまま不思議そうに俺を見る。

「もう、いい」

「え?」

その表情が、怪訝そうなものへと変わり。

「これ以上は、もういい」

そして、切なそうな笑みに変わった。


「課長?」


瑞貴の言うことは、きっと久我の事。

要領のいい瑞貴がわざわざ直帰の予定を変えてここに戻ってきたのなら、仕事が理由じゃないはず。

何を言おうとしているのかは分からんが、確実に久我に関すること。


「悪かったな、瑞貴」

「――課長」


ゆっくりと、頭を横に振る。


「これ以上、お前に甘えたら……。流石に、情けなさ過ぎだろう」


久我の為に、俺を手助けするなど。

やりたいはずがないのに。

これ以上こいつに甘えたら、人としてどうかと思う。


瑞貴は思っても見ない言葉だったのか何かを言おうとして口を動かした後、ふぅと大きな溜息をついた。


「強がり言っちゃって。じゃ、俺は帰りますよ」

ドアから背を離して、肩を竦める。

「あぁ、悪かったな」

俺の声と共に、ドアから出て行った。



案の定、久我のことだったか。

あっさり帰ったところを見ると。


幾度か瞬きをして、疲れてきた目を休めようとそのまま瞑る。



強がり……、か。



「分かってるさ」



呟くように声を出すと、その言葉がやけに響いた。



分かってる。

俺が、久我を受け止められなければ……久我に受け入れられなければ、もうどうにもならない。

ホントは、仕事なんてどうでもいい。

久我がそばにいてくれるなら。

笑ってくれるなら。


ずっと悩んで、苦しんできた久我を知ってる。

今回のことだけじゃなく。

管理課から引っ張ってきたとき、少し仕事の出来る普通の社員だった久我。

こんな男所帯に放り込まれて、しかも過大なプレッシャーまで掛けられて辛かったと思う。

でも、そんな環境を跳ね除けるように、一つずつ仕事を自分のものにしていく久我に、今思えば最初から惹かれていたのかもしれない。

逆境に負けまいとする、その意思に。



だから、逃げるな。

お前は負けず嫌いだからこその、久我 美咲だろう?

分かりもしない将来を怖がって逃げ出すなんて、お前らしくない。

俺は、そんなの許さない。





「捕まえてやるさ」


確実に――




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