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{哲弘?}


無駄にでかい家で、使うのはリビングと自分の部屋。

頭を占める“気になること”を、ぐるぐると考えていたらいつの間にか三十分以上もシャワーを浴びていたことに気付いて、のぼせそうな身体のまま部屋に戻ってきた。


昨日の、美咲との会話。

あいつ気付いてないけど……ていうか、俺もさっき気付いたんだけど。

あいつ……あの夜の事、覚えてるんじゃないだろうか――


だって……



立ち尽くしたままタオルを頭に被せた時、机に置いておいた携帯が着信音を鳴らした。

液晶には、水沢、の文字。


「亨? こんな時間にどうしたよ」


タオルで頭を拭きながら枕元にある時計を見ると、すでに深夜を過ぎている。

連絡は取り合っているけれど、メールじゃなく電話で、しかもこんな夜中に掛けてくることは初めてだった。


{起きてたでしょ? 明日休みだし}

「なんだよその断定。まー、確かに起きてたけど」

{哲弘の性格なら、休みの前日は嬉しくて夜更かしするとみた}


――


「いい性格してるじゃねぇか、亨。お前、ホント最初の頃と印象かわったよな」

口端がぴくぴくと痙攣してるけど、見せられなくて残念だよ。

内心毒を吐きつつ、慣れてしまった会話に苦笑する。



頭を拭いていた右手を下ろして、タオルを被ったままベッドに腰を下ろした。


「んで、どうしたんだよ。こんな時間に電話してくるなんて。鬼の霍乱か?」

{――哲弘まで、何でその呼称を知ってるかな}

「そりゃぁ……、そっちの社員に聞いたのを、似合わない~って美咲が笑ってたから」


{あいつら……しめる……}

多分携帯を少し離して呟いたみたいだけど、がっつり聞こえてます。

柔和な表情を浮かべる亨を思い出しながら、ベッドに寝転んだ。


「ホント、その顔に似合わない性格してるよなぁ」

{人のこと言えないと思うけどな}

はいはい。


「んで? なんかあった?」


話がわき道に逸れているのを、もう一度戻す。

{あぁ、そうそう。哲弘、美咲さんと何かあったの?}

「え?」

無意識に、聞き返す。

亨は聞き返されるとは思っていなかったのか、怪訝そうに俺の名前を呼んだ。

{いや、いつもなら一緒に来そうなのに、今日は美咲さん一人で来たからさ}

「あ? そういえば、今日、亨が来るって先週言ってたな」

先週、美咲が亨に電話していたのを思い出す。


{あぁ、本当に哲弘が忙しいだけだったならいいんだ。悪いね、遅くに}

何か自己完結したのか、いきなり携帯を切ろうとする亨を慌てて呼び止める。

「ちょっと待て、はえぇよ。ってかそれくらいで連絡してこないだろ? なんか、様子おかしかった?」

亨は少し唸って、小さく息をついた。


{いや、気にするほどのことじゃないのかもしれないけれど、凄い元気だったからさ}

「元気?」

聞き返す俺の声と、携帯の向こうでドアの鍵を開ける音が同時に響く。

今、家に着いたのか。

どれだけ長く、美咲は亨と話していたんだろう。


そういえば、俺、あの夜から美咲と長く話をした記憶がない。


{そう、元気すぎて……なんだか、空元気に見えたんだ。変にはしゃいでるというか}

「はしゃいでる……」


最近、はしゃいでる美咲なんて見たことない。


{その上、なんだか痩せたように見えるし。しかも、いつもより化粧が濃かったし。だから、何かあったのかと思って}


あの夜から、美咲の身体は痩せていってる。

俺も、気付いてる。

課長も、皆。


「そっ……か。悪いな、わざわざ連絡くれて」

{あ、あと! ごめん、もう一つ哲弘に聞きたいことがあるんだけど}


話しを終えようとした俺は、さっきと反対に亨に引き止められる。

何? と聞き返すと、亨にしては歯切れの悪い返答が返ってきた。


{えっと……聞いちゃいけないことだったら、答えてくれなくて構わないんだけど}

口にした割にはまだ逡巡しているような様子に、首を傾げる。


「なんだよ」

なかなか話し出さない亨に、先を促す。

雰囲気的に、いいことを聞かれないだろう事は推測できるけれど。


{本当は、今日美咲さんに聞こうと思ってたんだ。でもちょっと聞ける雰囲気じゃなくて。もしかして……なんだけど}

「うん?」


一拍おいて口を開いた亨の話しの内容は、俺の頭を占めていた“気になること”が一気に解決するものだった。


{美咲さんて、うちの久我部長の関係者?}

「――関係者?」

{前にうちの会社に美咲さんが来たことがあったんだけど、俺が席を立っている間になんか久我部長とあったみたいなんだ。

俺が戻ってきた時、真っ青な顔して飛び出していっちゃって。部長に聞いても、具合が悪かったらしいって言うだけでさ。}


関係者って言うか――


亨は一体どこまで知っているんだろ……



あの夜、課長たちを前にしてどこまで話すべきか迷った、その心境が甦る。


どこまでなら、亨に言っていい?


{そうしたら、先週……水曜日だったかな。久我部長に、美咲さんから連絡があったんだ}

「えっ!?」

{いてっ}

思わず通話口で叫んだ俺の声に、亨が悲鳴をあげる。


けれど、そんなことは今はどーでもいい。


「それ、内容聞いた?」

{そこまでは……。ただ携帯に出た時、小さい声で“美咲か?”って言ってたのが聞こえただけなんだけど。多分、美咲さんのことなんじゃないかなって}

そのまま人気のないに所に移動して話してたから、内容までは聞いてないんだ……、と続けた後、溜息をついた。


{もしかして、うちの部長が美咲さんに……手……だしたとかじゃ……ないよね?}

「違うっ、それはない!」


脳内で変な想像をしそうになって、慌ててベッドの上で起き上がる。

やめてくれっ、どっちも知ってるから想像できて怖い。


{そうやって断言できるって事は、哲弘、事情知ってるって事だよね?}



一瞬、頭ん中真っ白。


……はは……俺、単純――


つーか、亨。誘導尋問上手いな。


脱力しながら、もう一度ベッドに身体を沈める。



「あー、亨。確かに俺、事情知ってんだけどさ。今は……ちょっと話せないって言うか、……うん。美咲を抜かして話すのは、俺が嫌だな」

なんとなく申し訳ない気持ちになりながら、天井を見上げた。

知らないところで、美咲の話をしたくない……というか――


それがばれて、嫌われたくないってのが本音だな。


情けない気もするけど。


{そっか。別に、それならそれでいいんだ。美咲さんに嫌われたくないし}

亨はあまり気にしないのか、それとも俺にそう言われる事を前提に話を切り出したのか、なんでもないように話を続ける。

{とりあえず、俺の勘違いならいいんだ。まぁ、本気でそう思ってたわけじゃないんだけど、前のことがあったからさ。手を出した……ってわけじゃなくても何かあったかもしれないって思って気が気じゃなかったんだ}


あの時に美咲さんを一人にしたのは俺だから、と、安堵の溜息をつく亨に礼を伝える。


「亨のおかげで、気にかかってたのが答え出た。連絡くれて、助かった」

{気にかかってたこと?}

「あぁ、全部終わったら美咲に言って、亨にちゃんと話す。本当に、ありがと」


それから一言二言交わして、携帯の通話を切った。


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