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14


神様は私にだけ、振り向いてくれないのかもしれない――







屋上に出る扉を押し開けると、私は少し俯いたままいつもの定位置へと足を進める。

胃が痛くて、背筋を伸ばしてられなかったから。



だから、気付かなかった。

だから、気付けなかった。


そこに、誰かがいるなんて。



俯いた視界に入った、女性の足元。

黒のパンプスを履いた足が、私のほうを向いて立っていた。

それに気付いた私は、何の躊躇もなく、極自然にその足を上に向かって視線で辿った。



私たちと違う、事務職員にだけ与えられている濃紺の制服。

その肩口や胸元で揺れる、茶色い巻き髪。

以前よりは抑え目のメイクを施した、綺麗な顔。



「久我先輩、今から休憩ですか?」


まさか柿沼が屋上にいるとは、思わなかった。


「あの時、以来ですねぇ」




屋上に設置してある柵に身体をもたせ掛けた柿沼は口元だけ嫣然としていたけれど、

笑っていないその眼に胃がきりきりと反応する。



立ち去ればよかったんだ。

別に、足を止めるべき相手じゃない。

あとから、そう思ったけれど。




この時の私はいろんなことで頭が占められていて、正常な判断が出来なかった。




何も言わずに立ち止まっている私を見ながら、柿沼は目を細める。


「また、皆に守ってもらってるんですか? いいですねぇ、甘えられる場所がある人は」


守って……?


なんで、柿沼がそんなこと……

事情を知っているようなこと――



柿沼は驚く私の顔を楽しそうに見つめながら、首を少し傾げる。

「私は別に、何も知りませんけど。でも、そんな顔をしてる先輩を、

企画課の皆さんは放っておかないでしょう?」

腕組みをしていたその手を、ゆっくりと下ろして背にしている柵を掴んだ。


その柿沼の動きを、じっと目で追う。


「甘えられると思うから。守ってもらえると思うから、そんな顔できるんですよ」

「そ……んなこと――」

「ないって、言えます? 私、具合悪いの、ってそこまで主張して、周りに気にするなって言っても無理だと思いますけれど?」



柿沼の言葉が、錘のように心の中に沈んでは積み重なっていく。

それは、正論だったから。



微かに、笑い声が聞こえる。


「私、後悔してませんよ? 先輩に言ったこと。正しいと思ってますから」


それは、きっとあの非常階段で言ったこと。


柿沼は何も言わない私に口元だけ笑みを向けると、柵から身体を離して歩き出した。


「皆が心配するから嘘ついて、ごまかす……ですか? 

私にされたことを誰にも言わずに秘密にして下さって、さぞかしいい気分だったでしょ? 

私はいい子って」



くすくすと笑うその表情は、冷たさを通り越して鳥肌が立つほど恐ろしい。


「私は何も知らない、私は何も言わない。私は、何も気付かない。いいですねぇ、そんな甘いこと言って許される立場って」



強い口調じゃない。

ただ冷静に、事実を告げているような柿沼の言葉に、私は見つめ返すしか出来なくて。

ゆっくりと横を歩き去っていく柿沼は、すれ違いざまに少し屈んで私の耳元に口を寄せた。





「……あんたが、いなくなればいいのにね」





最後に嘲りの様な声が聞こえたけれど、私はただ立ち尽くすしかできなかった。





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