10
「課長は、気づいてたけど?」
――
「え?」
哲は腕を伸ばして自分の机から、一枚紙を指先で持ち上げた。
「俺、二週間出張してくる。福島」
ぴらっとこちらに見せられても、薄暗い中じゃ文字は見えない。
「昼に課長に呼び出されたのって……」
哲は紙を自分の机に放ると、両手を後ろの机についた。
「そ、これ」
「出張の話ぐらいで、あんなに言い合いするの?」
「お前に好きだって伝えたって、言われた」
――は?
「え? 課長……に?」
頷く哲を見ながら、頭を殴られたような鈍痛を感じる。
「あれは言わなきゃ気づかない女だぞってさ。どうせ俺も瑞貴も男として見られてないんだ、言うなら早く言った方がいいって」
「――課長……」
どんだけくそまじめ?
別にそこでおせっかい焼かなくても……
「美咲、俺はお前にとって、何?」
「え?」
何……って……
「幼馴染……」
その言葉に、哲は何度目かの溜息をついて私の傍に寄った。
――うっ……
さっきまで薄暗い中少し離れていたから見えなかった哲の表情が見える。
私に触れていた……くち……とか
思わず後ずさろうとして、背中が壁にぶつかる。
腕が当たったホワイトボードから、マーカーがいくつか床に散らばった。
それを見て、哲がにやりと笑う。
「幼馴染が近づいただけで、そんな反応?」
「――っ」
片腕で顔を隠して、俯く。
だ……だって! 今何されたかとか考えちゃうじゃないか!!
近づくなよーっ!
哲は面白そうに腰を屈めて、私の顔を覗き込む。
「少しは男になれた? 俺」
――ドクンッ
心臓が、音を出したかと思った。
鼓動が早まる。
哲は私の頭を軽く叩くと、ドアに手をついた。
「いいぜ、美咲。俺がいない間、課長に揺れても。――その代わり……」
私の横で、ドアが開いた。
冷たい風が、足元を吹き抜ける。
「戻ってきたら、覚悟しとけ。――全力で、奪い返す」
「え……?」
そのまま、哲は部屋を出て行った。
ドアが音を立てて閉まる。
その振動に、私は壁に背をつけて床にへたり込んだ。
なに、今の。
全身が、震えてる。
哲が、近寄っただけで。
ていうか、なんで当事者のいないところで、そんな話をする?
「ダメだ……、私にはわかんない……」
確かに恋愛とは間逆の極地にいましたが、確かに結婚したいわ、なんて冗談で言いましたが――
「何でこーなる……」
とにかく、この状況から抜け出したい――