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「さぁ食え、どんどん食え」
しばらく感情に任せて涙を流した後、倉庫の片づけを再開した私は、
ほとんど終わりが見えないまま夕ご飯に連れ出されました。
ホントあの片付け、どれくらいかかるかちっとも想像がつかない。
よくあれだけ放置したよ、斉藤さん。
隣で既に飲み始めている斉藤さんを、じろりと睨む。
斉藤さんは私の視線を感じ取ったのか、来る食べ物をどんどん私の前に寄せてきて。
グラスさえ置けないくらい、テーブルが埋まってます。
以前も来た、課長のアパートの近くの居酒屋。
ふすまを開けて個室を二つ使わせていただいてます。
なんたって人数が、六人。
個室は四人席なので、手狭なのです。
しかも、身長がでっかいのが一人。
ガタイがイイのが二人いるので。
「久我ぁ、そんな眉間にしわ寄せてたら、早く年食うぞ?」
なんとか私のご機嫌をとろうとしている斉藤さん、女性に年の話しは禁句ですぜ。
「整理が終わったら、覚えててくださいね~。高いの奢ってもらうので~」
「その意気、久我さん。一か月分の給料使わせちゃって」
真向かいに座る間宮さんが、さも当然というように頷いていて。
斉藤さんが情けない声で、間宮さんに言い訳を始める。
それを面白そうに聞きながら、意識は間宮さんの隣に座る課長に向かっていて。
何も変わらない態度に、ほっとしつつ。
見るのが、辛くもあり……
――昼とは違う距離感に、戸惑いそうになる。
人間関係なんて、ほんの少しの態度や言葉で変わってしまう。
課長を解放した今、自分を支えるのは自分だけ。
しっかりしなくちゃ、と、いつも以上にはしゃごうとする自分になんだか子供のようだと苦笑する。
気持ちを切り替えようとグラスを手に取ると、斉藤さんの向こうから哲が手を出してお皿を掴みあげた。
「美咲、食わねぇなら俺に回せ。食い物の配置がおかしすぎる」
「いーよいーよ持ってって。若いっていいわねぇ、たんとお食べ?」
ちゃかすように言うと、
「ま、若いからね?」
と、哲は意地悪い笑みを浮かべました。
っち、どーせ年上ですよ。
「美咲ちゃーん、乾杯~」
角に座る真崎が、楽しそうに笑っていて。
私もそれにつられて乾杯しながら、笑いあう。
正直あんな話の後だし、哲の様子もおかしかったし……で、
食事に来てもどうすればいいのか分からなかったけれど。
いつも通りの雰囲気に、ほっとした。
これなら、やっていける。
仕事頑張って、皆の重荷にならないように。
気を遣わせて優しくしてもらって、迷惑かけているんだから。
せめて仕事だけでもちゃんとしないと、自分の居場所がなくなってしまう――
「あれ? でも皆さんお酒は飲まれないんですね」
気付くと、皆持ってるのは烏龍茶とかコーラとか。
居酒屋なのに、飲みじゃない?
「そりゃそうだよ、明日も仕事なんだから」
真崎が当たり前のように答える。
「でも、いつもなら……」
「そーいうお前だって、酒じゃねぇだろ」
今度は哲。
「まぁ、明日取引先と会うし」
「そんなもんだよ。大体今日は、真崎の夕飯に付き合わされてんだぜ。飲んでる場合じゃない、食わなきゃもったいない」
そういわれてみれば、テーブルに並んでいるのはおつまみというよりは食事に近い。
「そっかー。じゃあ斉藤さん、寝ないで済みますね」
くすくす笑いながら斉藤さんを見ると、まぁな、と頭をかいた。
「酒は好きだけど、すぐ眠っちまうんだよなぁ」
「弱いよね、斉藤。見た目とのギャップ」
真崎が、けらけらと笑う。
それに答えながらテーブルを見ると、横から温奴が出てきた。
「?」
顔を上げると、それは課長で。
「ほら、これうまいぞ」
「……あ、はい。ありがとうございます」
それを受け取る。
課長は無表情に、ん、と呟くと、哲との会話に戻る。
私も斉藤さんたちとの会話に戻りながら、一瞬あがった鼓動がすぐに苦しいものに変わっていった。
大切な……部下、か。
早く慣れてしまいたいな、この立場。
いや、告白される前に戻ればいいだけなんだけどね。
箸ですくって口に入れると、温かい豆腐が口の中で崩れて。
優しい味が、口に広がる。
体調を崩してるから、これをくれたんだね。
優しいね、課長。
酷い女なのにね。
そんなことばかり考えながら、楽しくて辛いその時間を乗り切った。




