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「あんな目立つところで、何を考えているんですか。あなた方は」

企画室に戻ったあと、待っていたのは間宮さんのお説教でした。

真崎さんは上手い具合に広報部に帰り、今はそれぞれの席に座ったまま間宮さんにお小言を食らってました。

「前にあったこと、忘れたわけじゃないでしょうね?」

怒ってはる~、間宮さんめっさ怒ってるよ~

私はその対象ではないようで幾分居心地の悪い雰囲気の中、自分のデスクから掃除に必要なものを取り出しながら皆を見ていた。


とりあえず、私のせいだよね。これ。

私のためを思って、間宮さんは怒ってるわけで……


「あー、と。あの間宮さん。その、もうそれくらいで……」

間宮さんは開こうとした口を閉じて、溜息をついた。

「気をつけてください、お二人とも。……久我さんもね」

ぶっすーとした二人の返事に加えて、私も頷き返す。

私だって、もう勘弁。あんなこと。


「じゃ、私倉庫に行ってますから」

「おー、んじゃぁ夕飯行く時に呼ぶわ」

ひらひらと手を振る斉藤さんに答えながら、企画室を出る。


なにやら食事に行くメンバーは、企画課プラス真崎になりました。


それにしても……


昼のことを思い出して、つい苦笑い。

まぁ内容はどうあれ、以前に戻った感じがしてちょっと楽しかった。

なんでもない、人間関係の時のみたいだった。


……課長に、返事をしたら……

視線を足元に落とす。

もう、望めない……のかな。

あんな雰囲気は。



情緒不安定って、言うのかな。

感情が、行ったり来たりしてる。


“いま”を無くしたくない自分と、逃げ出したい自分と。

どうすればいいのか分からずに、現状維持に縋ってる。

意味、わかんない――



小さく頭を振る。

考えても、なるようにしかならないか。


溜息をつきながらIDチェックの手前の廊下を曲がった途端、ぐらりと身体が傾いで思わず壁に手をついた。


あ……頭が、重い……

気持ち悪さが込み上げてきて、空いている手で口を押さえる。

持っていた道具を入れたバッグが床に落ちたけれど、それを拾っている余裕はなく。

雑巾を絞るような胃の痛みに、壁に手をついて支えながらIDチェックを通り抜けた。

そのままエレベーターホールにあるトイレへと、壁伝いに歩く。


なんとか個室に入って鍵を閉めた後、胃の痛みが増して両手でお腹を押さえた。


……我慢……、無理っぽい……




胃の中のものを全て吐き出して個室から出た後も、続く胃の痛みに顔を顰める。

苦しい、痛い、気持ちわるい――

全身が震えてきて、洗面台に上体を持たせかけた。


やっぱり、いきなりは……無理だったか。

昼に食べたものを思い出して、小さく首を振る。

最近、ほとんど食べていなかったから。

固形物を、胃が受け付けなかったみたい。



胃の痛みが落ち着くまで、そのままの格好で時間が過ぎるのを待った。

立ち上がれるようになるまでに、既に数十分はたっていて。


心配かけちゃ、ダメ。

元気な私でいないと。


口を漱いで、両頬をぱちりと叩く。


「よっし、元気な美咲。いっちょ上がり」

声を出して言葉にすると、本当にそうなる気がする。

にっこりと笑って、そこを後にした。



トイレを出て、IDチェックを抜ける。

ふと、そこで立ち止まる。


……はて。さっき落としたままの、バッグがない――

不思議に思いながら、そこからすぐの場所にある倉庫に向かう。

鍵は開けっ放しだから、気付いた企画課の誰かが入れておいてくれたとか?


首を傾げながらドアノブに手をかけて内側に押し開くと、自分じゃない力で向こう側にドアが引っ張られた。

「わっ」

離せばいいものをとっさに何も出来なくて、ドアノブを掴んだまま内側によろける。

思わず目を瞑った私の身体は、床につく前に何かに抱きとめられて止まった。

――あ……、これって……

覚えのある匂いに、とっさに身体を離そうとついた手のひらを突っぱねた。


「どこに……行っていた?」

低く呟くような声が落とされるのと共に、突っぱねようとした両手ごと目の前の身体に押し付けられた。

胸に押さえつけられていて少しも動けないけれど、その声に思わず肩を震わせる。

……課長

「どこに行っていたんだ? 荷物を放り投げてまで」

……視線を部屋の中に廻らせば、少し離れた壁際にさっき落とした鞄が寄りかけてあった。


なんて、答えよう……

どう答えたら、おかしく思われない?


「……ころん……で」

「転んで?」

私の言葉を鸚鵡返しのように繰り返しながら、続きを促される。

「……口の中を切って」

「口の中……?」

だって鼻血でもいいけど……、さすがにそれは嫌だ。

こんなところで、何、乙女してるんだか。

内心自分に悪態をつきながら、目を瞑って浅く息を吐く。

「トイレで血が止まるのを待ってました」

驚いたのか腕の力が緩んだ隙に、両手で課長の胸を押しのける。


「離してくださいって」

声に、笑みをのせて。


意識してませんって、表情で。



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