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「美咲は、俺のだ」
「て……つ?」
思わず見返した幼馴染でしかないはずの哲は、知らない表情をしてる。
見たことが無い、それは。
男の顔、なのかも知れない――
単純に、怖い――。
哲には悪いけれど、今はこの状態から――逃げ出したい……
そんなことを考えていた私に、冷や水をかけられるような言葉が、哲の口から飛び出す。
「美咲、課長の事が好きなのか?」
「え……?」
何で……?
私の声に、哲の目が薄く細められる。
「屋上、お前達だけじゃねぇんだよ。昼飯食ってんのは」
屋上――
思い当たるのは、加奈子に白状した時……。
そういえば、哲は階段の屋根に上ってた事があった。
あの時も、そこにいたって事……?
帰り際、加奈子がまだチャンスがどうのって言ってた。
もしかして哲がいた事に気づいてて、それで、今日の昼もその話を……
「美咲」
まわらない頭を懸命に動かしていたら、哲に名前を呼ばれて視線を上げる。
「――俺を選べ」
「え……?」
選べって……
「その……、私、わかんな……」
つい、言葉が漏れる。
「わかんねぇって……」
哲の腕に力が入る。
その痛みに顔を顰めながら、哲の顔を見上げる。
「だって、哲は哲だもの。私の、幼馴染で……」
「じゃ、課長は男だって言うのか?」
いや……その……
「課長は……課長で……」
だから、その……
「上司と幼馴染としか、思ったことが……なく……て」
哲は腕から手を離すと、少し後ろに下がって私の机にもたれた。
「なーんで、お前はきづかねぇんだろうな」
「そんなの……」
「大体、いきなり抱きしめてんのに、お前、全然動じねぇし」
いや、びっくりはしたけれど……
「昨日から哲の様子変だったし、何かあったのかなって……」
そこには気付くのに、と、おもいっきし溜息をついて前髪を片手でかき上げる。
「なんでこんな長い間一緒にいんのに、意識しやがらねぇかな」
しやがらねぇとかいわれても……
「だって、そんなの……」
言いたい事があるけれど、言葉として出てこない。
哲はそんな私を見ながら、ふぅ……と溜息をついた。