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書類の仕分けを終えてから、新着メールに手をつける。
報告・確認のメールを読みながら削除して、必要案件のみ返信していく。
その間に課長、斉藤さんと哲の順で出社してきて。
軽く挨拶を交わしながら、目の前の仕事に没頭する。
月曜の午後は、企画課の会議がある日。
午前中までに優先事項だけでも把握しないと……
そこで見つけた、一件のメール。
「亨くんだ」
それは亨くんの会社に行った日の夜に、送られてきていたメール。
資料をお届けしますので都合のいい日を教えてください、という内容を見て、右の拳を左の手のひらに打ち付ける。
そういえば、貰った資料置いてきちゃった。
あの人に会って動揺したせいで、すっかり忘れてたわ。
腕時計は十時半を指していて。
この時間なら電話しても大丈夫かな? と、自分の机にある電話の受話器を手に取る。
数回のコールの後、いつもより冷静な亨くんの声が聞こえた。
{はい、いつもお世話になっております。営業一課、水沢です}
あら、普段はこんな声なんだ。
「お忙しいところ大変申し訳ございません、久我と申しますが……」
そこまで言った時、おっきな声が私の声を遮った。
{美咲さん! はいっ、もうぜんぜん暇なんで、お気になさらないでくださいっ}
あまりの大声に思わず受話器を耳から話すと声がもれて聞こえたのか、前で哲が噴出してる。
「ごっ……ごめんね亨くん、先々週貰ったメール今読んだの。一週間ほど休んでいたものだから」
苦笑しながら受話器を耳に当てて、話を続ける。
「今週はちょっと仕事が詰まってて、来週でもいいかしら。その時に加えてほしい箇所があって……」
いくつか変更箇所を伝える。
{……はい、はい分かりました。では来週にでも、変更箇所の資料をお持ちしますね}
「ううん、いいよ。置いてきちゃったのは私だし、取りに行くわ」
もし、あの人に会ってしまっても、今の私なら笑みを貼り付けられそうだから。
{え? こちらに?}
亨くんはそこまで言って、少し黙った。
あれ、なんか都合悪かったかしら。
「あの、亨くん?」
{美咲さんにご足労頂くわけにはいきません。俺……じゃない私がお持ちしますから}
んん?なんか不穏な声音……
「どうしたの?」
不思議に思って聞くと、亨くんはにこやか爽やかな声に変わった。
{なんでもないですよ、ちょっと周りが……では美咲さん。来週の……そうだ金曜とか空いてませんか? 前の仕切りなおし行きません?}
飲み、どうです? と続いた言葉に、即答。
「あ、いいわね。じゃ、詳しい時間は後でメールして? よろしくー」
受話器を戻す。
「何? 亨こっちに来んの?」
哲がPCの向こうから顔を出して、こっちを見た。
「うん、前に行った時に資料をおいていっちゃってね。来週の金曜日、もって来てくれるってさ」
PC画面に視線をうつしてメーラーを閉じる。
亨くんの件で、メールの処理は終了。
次は、溜まった書類に手をつけないと――
「……なんか、金曜ってのが怪しいな」
「え? 別に怪しくもなんともないじゃない。あーっ、書類決済が間に合わないっ。哲っ、あんたちょっと手伝ってよ」
怪訝そうな声の哲に、数十枚の書類を突き出す。
目をぱちくりしている、哲の顔。
「は? 手伝うって何を」
そういいながら勢いに押されて、それを受け取る。
「ナンバリングしてあるから、それ通りに並べかえて。終わったら、総務からファイルを一冊持ってきて閉じておいてくれないかなー」
「確認は済んでんの? 早ぇな、相変わらず」
「まぁねー、じゃよろしく」
さっさと机に向き直って、書類に視線を落とす。
午前中はあと一時間半しかないわけですよっ。
昼、くいっぱぐれるのだけは嫌。
がりがりとボールペンの音をさせていたら、隣から視線。
顔を上げると、斉藤さんと目が合った。
「あ、うるさかったですか?」
「……いんやー、なんか元気だなって」
安堵したような腑に落ちないような、斉藤さんの表情。
この人は、ホント嘘つけないというかなんというか。
「元気ですよー、なんだか記憶がごっちゃになるくらい」
しん、となる。
信じるわけないか。
何にも覚えていませんなんて。
でも、付き通すよ。こんな些細な嘘くらい。
疑うような視線に、にっこりと笑って返す。
「ご飯あんまり食べてないってのに、体重が減らないのはこれいかに? 知らない内に何か食べさせられたんじゃないですか? じゃなきゃおかしい!」
ね? と、同意を得るように斉藤さんを見ると。怪訝そうに首をかしげた。
「おかしくねーだろ、蓄えがあったんだよ。その腹回り」
すると哲が意地悪そーな声で、的確な指摘をくださいました。
「うるさいわね、大体なんであんたは食べても太んないのよ。おかしいわよ、不公平よ」
もっといい連ねてやろうと思ったら、ひくーい声に遮られる。
「黙って仕事しろ、お前達二人。暇なら仕事回すぞ」
声の発生源を勢いよく見ると、課長が半目で私たちを睨んでおりました。
「すみませんー、これ以上仕事増えたら私埋もれます」
「そうだな、お前には真崎の手伝いに斉藤の尻拭いにと後ろが詰まってるからな。なら、黙って仕事しろ」
「――斉藤の尻拭い?」
それまで黙って仕事をしていた間宮さんが、剣を含んだ声で顔を上げた。
「それ……まさか倉庫の整理じゃ……」
「くくく、久我! さぁ、仕事頑張ろうか! なんだ手伝ってやろうか? さっき言ってたファイル、俺が持ってくるさ」
間宮さんの言葉に斉藤さんが凄い動揺して、慌てて企画室を出て行きました。
呆気にとられるように、皆で閉まったドアを見つめる。
間宮さんは盛大に溜息を零すと、私を見た。
「考えられる最大の見返りを貰いなね。図に乗るから」
「……はーい」
なんか斉藤さんの怖がり方が半端ないのは……、気のせいでしょうか?




