21
******************************************
久我――
そう、呼ばれている気がした。
深く暗い場所から、ゆっくりと意識が浮き上がっていく。
重い瞼を、ゆっくりと持ち上げた。
霞む視界が、瞬きを繰り返すたびにクリアになっていって。
見慣れない部屋の風景に、目を細めた。
課長の、アパートだ。
前に一度、来たことがある。
起き上がろうとして腕に力を入れたら、身体のあちこちがぎしぎしと痛みを訴えた。
しかも、なんか力が入らない。
妙に、身体が重いのはなんだろう……
起き上がることを諦めて、横の壁に手をつく。
その冷たさが気持ちいい。
あの後……
哲の部屋からベランダを伝って下に降りて。
それから、私どうしたっけ――
川原に出たのは覚えてるけど
なんか不透明な膜を掛けられたみたいに、思い出せない。
今、何時だろう。
電気ついてるし、夜だって事は分かるけれど。
確かどこかに時計があったはず……
視線をあたりにめぐらせると、ベッドサイドにアラームつきの時計。
なんとか記念とか書いてある。
課長らしい無頓着さに、くすりと笑った。
細部にわたって、課長だな、て思う。
「……ん?」
時計の置いてあるベッドサイドのテーブル。
その横に、真っ黒な物体が見えた。
それはベッドの端から少し見える黒くて丸い……
顔を少し起こして、下を覗くと……
「課長……」
課長が、ベッドの側面に凭れて眠っていた。
向こう側には、小さな机に書類が散乱してる。
黒い物体は、ベッドサイドから上に出ている課長の頭。
スラックスとボタンを一・二個寛げたYシャツを着たまま、熟睡しているらしい。
私が声を出しても、動いても起きないから。
ゆっくりとベッドから降りて、課長の目の前にしゃがみ込む。
規則正しい息遣いと、同じ様に動く胸。
指先で触ればじょりっていいそうな生えかけの髭が、なんだかいつもの課長らしくなくて口端を緩める。
「……宗吾さん」
小さな声で、……課長にしか聞こえないような声で囁くと、目じりが反応するように微かに動いた。
それを見ながら、目を細めて微笑む。
私の、大切な人。
私を、大切にしてくれる人。
私を、救ってくれた。
失った温もりを、取り戻させてくれた。
でも――
この気持ちは、持っていちゃいけないもの。
今日は少し短めです。すみません。
明日で、9章終了です^^




