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「探してくる」

階下に駆け出す俺に呼応したように、三人が続く。

「哲っ」

泣きそうなお袋の声に、振り返らず叫んだ。

「ここにいろ。ないと思うけど、連絡来るかもしれないから」



そのまま玄関から、外に出た。

「とりあえず見つけたら、携帯に連絡ください。すみません、迷惑掛けて」

道路に出て、頭を下げる。

「いい、いくぞ。お前は心当たりを回れ。俺達は、手分けして探すから」

「はいっ」


裏手にある自転車を引っ張り出して、夜道にこぎ出す。

既に九時近い。

普通の状態ならいいけど、精神的にヤバイ状態でこの時間一人で外にいるのは危ない……




冷たい冬の風が、耳元で唸りをあげる。

千切れそうな耳の痛みに顔を顰めながら、ペダルをこぐスピードは緩めない。



思い当たる場所なんて、たくさんありすぎて。

ここは、美咲が小さな頃から過ごしていた場所。

昔の思い出を辿って行ったなら、見つけやすい。

けど、そこから逃げたいのなら……


目を瞑って頭を振る。


焦ってるから。

不安だから、こんなこと思いだすんだ。

ダメだからな、美咲。

絶対、許さないからな?




――私なんて、いなくなればいい




俺が、美咲を追い詰めた時に口にした言葉。


もし、美咲に何かあったら、俺にも原因がある。

あの時、美咲を追い詰めた。



お袋、タイミング悪いよ。


会社のこと。

柿沼のこと。

俺のこと。


重なった辛いことがやっと晴れて、あいつ、踏み出そうとしてたのに。

過去の自分から、抜け出そうとしてたのに。



更に追い詰めるなんて……





焦れば焦るほど頭は混乱して、嫌な考えに染まっていく。

心当たりを近場からしらみつぶしに辿っていくが、美咲の姿は見つからない。


それなのに、時間だけはどんどん過ぎていく。



いきなり親父さんに会って外に出て行ったなら、コートも何も持ってないはず。

掃除をして汗をかいた状態の薄着なんて、風邪をひくためにいるようなもんだ。


よく隠れて遊んだ広場、通った学校、公園、図書館、その他思いつくところ全部。

美咲の姿は、どこにもない。

ここが最後……と思った場所も、やっぱり美咲を見つけることは出来なかった。

ズボンのポケットに入っている携帯が、でかい着信音を鳴らす。


慌ててそれをとると真崎からで、いつもより真面目な口調が状況を知らせた。

{そっち、どう?}

「いません」

端的に答えを返す。

「心当たりも、全部探したんですが……。あの、真崎さん。申し訳ないんですけど、一度俺んちに戻ってもらえますか?」

{なぜ?}

「もしまだ久我部長がいたら、帰ってもらうように言ってほしいんです。お袋に言っても多分無理だと思うんで……。で、そのまま家にいてもらってもいいですか?」

あれだけショックを受けていた、お袋も心配……。


真崎は少し溜息をついて、うん、と呟いた。


{僕が美咲ちゃんと会わせてしまったのが、いけなかったからね。部長のことは任せて。美咲ちゃんをよろしく}

それだけ言うと、俺の返事も待たずに通話は切れた。


携帯の時刻表示は、0時過ぎを指していて。

その時間に、焦る。


他に……他にあいつが行きそうな場所……っ



――夏とか川原に散歩とかね



ふと浮かぶ、美咲の声。

幼馴染ごっことか言って話してたとき、そういえばそんな事を言ってた。

川原……、あの時散歩に行ったのって……


自転車のペダルに置いた足を、思いっきり踏み込む。


あの時、かなり遠回りして散歩に行ったんだ。

近所じゃなくて。

よく分からないけど、美咲がそうしたいって俺を引っ張っていった。


記憶を辿りながら、自転車を走らせていく。

もし、そこにいなかったら……もう、どうしたらいいのか分からない。



住宅街を抜けて、大きな土手を全力で上っていく。

確かベンチとかあって……、あぁ橋の下でアイス食ったな……

上りきった眼前には、幅の大きな川。

子供が遊べるように、川原みたいな場所があって。

その向こうに、橋が架かって……


目を凝らす。

街灯が少なくて、よく見えないけれど――


自転車を乗り捨てて、土手を下る。

全力疾走で橋の下へと駆け寄る。

そこには……



「み……みさ、きっ」

膝を抱えて蹲る、美咲がそこにいた。

安堵からか、全身から力が抜けていく。


大きく息を吐いてから、美咲の肩に片手を置いて名前を呼んだ。

「……? 美咲」

美咲は何も聞こえないように、俺の声に反応を示さない。

「どうした?」

目の前に腰を降ろす。

「美咲?」

もう一度名を呼んで顔を覗きこむと、どこを見ているのかわからない目が地面に向けられていた。

その足元は、汚れた靴下。

靴も履いていない。


「美咲……」


腕を掴んで、ゆする。

それに逆らおうともせずに、身体は動くけれど。


「美咲っ、何か言えって!」


薄く開いた口は、何も言わない。


そのまま、両腕を背中に回して抱きしめる。

冷えた身体からは、何の反応もない。

目を瞑って、息を吐き出す。



「美咲……」



もう一度腕に力を込めてから、片手だけ離した。

携帯を取り出して、着暦から課長に電話を掛ける。

{いたのか?!}

その声に、一瞬、涙が浮かびそうになった。


息を飲み込んで、頷く。

「見つけたんですが……、とりあえず家に戻ります」

{……何があった?}

何が――


「課長……先に戻ったら、俺の車に美咲と俺の荷物いれておいて貰えませんか? 美咲、家には入れないと思うんで。で、もしよければ課長達もそのまま送りますから……」

{瑞貴}

答えになってない言葉に、課長の声が大きくなった。

俺は目を瞑って、片手だけで美咲を抱きしめる。


「課長……美咲、壊れたかもしれな、っい……」

{瑞貴?}

頬を、雫が伝う。

「美咲、壊れたかも……」

{――早く戻って来い。大丈夫、大丈夫だから……}

課長はそう言うと、通話を切った。

手の中でツーツーと電子音を鳴らせるそれを、ポケットにしまいこむ。

その腕で、涙を拭った。


分かってる。

俺が、泣いたって仕方ない。


両手で美咲を抱えて土手の上へと歩き出す。

美咲は、されるがままで。

自転車を引っ張り起こして、後ろに座らせる。

俺はサドルに腰をおろして、美咲の腕を自分の身体にまわした。

「いいか、しがみついてろ。絶対離すなよ?」


そのままゆっくりと、手を離してみた。

弱い力だけれど、俺の言うとおりにしていることにほっと息を吐く。

俺は、片手で美咲の身体を支えながら、自転車を漕ぎ出した。



俺の背中に触れる、美咲の冷たい体温。



――なぁ、美咲


まだ、全然整理なんてついてねぇ

俺は、お前がまだ好きで

こんなに、近くにいるのに。

お前を見つけるのは、俺なのに。


でも、お前が求めるのは俺じゃない――



痺れてきた足で、おもいっきりペダルを踏み込む。

ぐらつく美咲の身体を、気にしながら。



美咲、もうすぐ会わせてやるから。

俺が、連れて行ってやるから。

お前の、大切な人のもとに――



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