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食べに来た近所にある洋食店は、御園さん夫婦で切り盛りしている小さな店。
子供のいない夫婦は、俺達をとても可愛がってくれた。
今日もお袋から話を聞いているといって、値段以上のものをテーブルに並べてくれた。
最初の方こそ四人で笑いながら話していた俺達だったけれど、食事が終わりに近づくにつれ少しずつ会話が減ってきた。
「……遅いな、久我たち」
課長が、食べ終わった食器から外に視線を移して呟く。
「そうですね」
テーブルに置いた携帯を、手にとって開けた。
そこには何の表示もなく、カレンダーと時刻だけが映ってる。
一度美咲に連絡したけれど、あいつは取らなかった。
おかしく思ってお袋に連絡すると、話しが盛り上がっているから連絡するまで帰ってくるなと言われた。
「俺、先に戻ります」
美咲だけ残して、こんなに時間のかかることって、何かあるか?
連絡するまで帰ってくるなって、今思えばその言葉もおかしい。
俺の言葉に、全員立ち上がる。
支払いはお袋が既に終えているらしく、御園さんの声に見送られて店を出た。
「なんか、気にかかることでもあんのか?」
斉藤さんが俺の後ろを歩きながら、怪訝そうな声を出して。
言うべきか言わざるべきか迷ったけれど、小さく頭をふった。
「いえ、その……何もなければ、それでいいんですけど」
曖昧に返答をして、前に向きなおす。
美咲が忘れようとしていることを、人に、勝手にばらすべきじゃない――
斉藤さんは、そっか、と呟くと突っ込まないでいてくれた。
それに、ほっと溜息をつく。
課長は何か察しているらしく、俺達は無言のまま足早に家へと戻った。
「……誰の?」
ガレージには、俺と母親の車以外にもう一台、止まっていて。
見覚えのないそれに、頭から血の気が引く。
やっぱり、もしかして……
「瑞貴?」
車の前で立ち止まった俺を、真崎がひょいっと覗き込んだ。
「大丈夫? 凄い顔」
大丈夫……じゃ、ないっ
「ちょっとすみません」
一言謝ると、三人を置いて玄関へと駆け込む。
目の前には、お袋の姿。
いきなり駆け込んできた俺に驚いたのか、目を丸くしてこっちを見た。
「哲……」
「美咲は?」
そばにいるだろう、美咲の姿を探す。
そして、あの人の姿も――
後ろから少し遅れて、三人が入ってきて。
押し出される形で、靴を脱いでお袋のそばに駆け寄る。
「親父さんが来てるのか? 会わせたのか、美咲に」
「……哲の、部屋に――」
それだけ聞くと、お袋を睨み付けて階段を駆け上がった。
目の前のドアには、美咲の親父さんの姿。
下の会話が聞こえていたのか、驚きもせずに頭を軽く下げた。
「すまん、哲くん。騒がせて……」
「どいてください」
親父さんの声に答えずに、ドアを叩く。
「美咲、俺だよ。な、ここ開けてくれ。親父さんは、入らせないから……」
怯えさせないように、軽くノックする。
中から、返答はない。
「美咲?」
ドアに耳を当てても、中の様子は少しも分からない。
「あれ、久我部長? なんで……」
後ろでは、階段を上がってきた真崎達がそこにいる親父さんを、驚いたように見ていて。
「いったい、何があったんですか?」
斉藤さんが聞くも、曖昧に俺の方を見るだけ。
「久我は、この中なのか?」
課長は俺の横に立って中の様子を伺ったが、同じ様に何も分からないらしく顔を顰めてる。
「隣から入ります」
それだけ短く言い放つと、隣の部屋に駆け込んで窓を開けた。
――哲
少し前、ここに美咲が泊まっていったときの、彼女の声が脳裏に浮かぶ。
まだ足掻いていた俺は美咲に笑って欲しくて、幼馴染ごっこなんて提案して。
――ここにはもう私の居場所はないけれど、それでも楽しい思い出がいっぱいあるから
そう言って、微笑んでくれた。
開けた窓から身を乗り出して、俺の部屋についてるベランダに手を伸ばす。
後ろで課長が俺の服を掴んで、心配そうに見ているのが目の端に映った。
美咲、大丈夫だ。
課長がいる。
お前を大切にしてくれる、お前が大切にしたい人がいるんだ。
大丈夫だから――
壁の出っ張りに片足を掛けて、反動をつけてベランダに下りる。
部屋に電気は着いていなくて、カーテンで中は見えない。
鍵は閉めていないでくれよ……
内心祈りながら窓に手をかけると、抵抗もなくあいた。
「課長、部屋のドア開けるんで」
それだけ伝えると、課長は小さく頷いて部屋に引っ込んだ。
俺はそれを見てから、自分の部屋に入る。
「美咲」
しん……とした、室内。
カーテンを開ければ外から入ってくる月明かりで、ぼぅっと部屋が浮かび上がる。
室内に目を走らせて溜息をつくと、ドアの鍵を開けた。
押し開くと、そこには課長達皆がこっちを見ていて。
俺は、目を瞑って首を横に振った。
「いない」
「え、いないって……美咲?」
俺を押しのけるように、親父さんが部屋の中に入って立ち尽くす。
「そんな……、部屋から出てないのに……」
「たぶんベランダから、外に出てったんですよ。俺達、昔からそこ使って出入りしてたんで……っていうか、お袋」
真崎さん達の後ろでこっちを見ていたお袋を、睨み付ける。
「何でこんなことしたんだよ、余計なお世話だろ?」
美咲がいなくなって動揺しているのか、泣きそうな表情で俺を見る。
「せめて、俺に言ってくれよ。そうすりゃ止められたのに……っ」
終わってしまったことをとやかく言っても、仕方ないのは分かってる。
けど、何で今?
あいつは、やっと親父さんたちの枷から抜けようとしてたのに。




