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まだ何か言おうとする哲をおばさんは最強の微笑で退け、私も皆に手を振って後から行きますと送り出す。
私はいつになく……じゃないね、いつもどおりだけど変なタイミングで強引なおばさんの行動に、腑に落ちないものを感じたけれど。
おばさんの微笑みに、勝てるものなどございません! ←違う意味でね(笑
ま、プレゼントを渡すはずだったから、ちょうどいいかも。
そう思い直して、そばにあった鞄を手に取った。
「おばさん、これ私からお二人に。色違いなので、どちらか好きな方を使ってください」
透明フィルムとレースで綺麗にラッピングされたそれは、万年筆。
二人とも仕事で文具類を多用するだろうから、贈り物なら実用的でいいものをと思って買ってきた。
「ちょっと、入学祝みたいかもしれないですけど」
買う時に、のしをつけるか聞かれたくらいだから。
おばさんは嬉しそうな表情で、それを私の手から受け取ってくれた。
「ありがとう、美咲ちゃん。仕事の時でも持っていられるものを選んでくれたのね、最高の贈り物よ」
にこにこと柔らかい微笑みを浮かべるおばさんは、そっとそれを胸に抱く。
「……なのに私は、あなたにとても酷なことをするかもしれない」
――え?
いきなり変わった表情と口調に、身体の動きが止まった。
酷なこと? って……?
おばさんは少し辛そうな、それでも曲げない意志をその目に浮かべる。
「おばさん……?」
「私は、……私が口を挟める問題じゃないことは分かっているのよ。本当は」
おばさんが、口を挟めない……コト?
「でもね、私はしばらくここからいなくなるから。どうにかしてあげたいと、思ってしまったの。美咲ちゃんにも……」
後ろで、ドアの開く音が聞こえる。
そこにいるのは……、もしかして――
目を見開いたまま、おばさんを見つめた。
「利明さんにも」
「な……んで……?」
口から零れた言葉に、後ろに立つ、久我利明……父親だった男が答える。
「すまない、こうでもしないと話せない気がして。瑞貴さんがここから越してしまう前にと、無理に私が頼み込んだんだ」
「いえ、私もこうするべきだと思ってましたから。連絡先も分からなかったので、遅くなってしまいましたけれど」
そう言って、私の後ろへと視線を向けるおばさんを見つめ続ける。
連絡先……、引越しの連絡を取りたいって言ってたのって……ホントはこの為……?
「……おば……さ……――」
ひくっ……と、喉の奥が痙攣する。
「美咲ちゃん、もう九年経ったわ。……いえ、あなたにとっては、まだ、なのかも知れない。でもね、このままじゃ誰も幸せになれないし、前に進めないのよ」
誰も、幸せになれない?
おばさんは、視線を床に落として俯いた。
「誰も、幸せになってないの。二人とも、あなたに許してもらいたくて――」
許してもらいたくて?
次に続く言葉が、頭の中で浮かび上がる。
息が……、息が止まりそう……
息が――
真っ白に霞んできた脳裏に、課長の後姿。
そのコートを掴む、自分のてのひら。
大切な、……タイセツナヒト――
「ずっと、独りでいるのよ」
掴んでいたコートが、掻き消える――
何も、思い浮かべられない。
「あなたが大切だったから、あなたを傷つけてしまった事をずっと悔いていて」
そう呟くおばさんは、心配そうな表情だけれど言葉は止めない。
私を傷つけたから?
私が傷ついたから、それに縛られて幸せになれなかった?
ぐるぐると、いろんな言葉が頭を巡る。
――くさいけどさ。こーいうのを、絆っていうんじゃねーのかな
哲……
哲の言葉を思い出して、涙が浮かびそうになる。
哲、これも、絆?
これも、絆っていうの?
ねぇ、やっぱり違うよ。
そんなんじゃないよ――
「せめて、謝らせてあげて?」
アヤマル?
「許しあわないと、人は生きていけな――」
「や……、いやぁぁぁぁっ!!」
意識が飛びそうなくらいの叫び声。
自分のその声に弾かれたかのように、目の前に見えた階段を駆け上がる。
「美咲ちゃん!?」
「美咲!」
後ろで上がる声も、今は届かない――
聞きたくない、知りたくない!
なんで? やっと、自分も幸せになっていいと思えたのに、なんでいまさら――




