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「あらあらあら、いらっしゃい。今日は、ごめんなさいねぇ。このバカが無理を言ったみたいで」

翌日、哲の車で皆を拾いながら家に着くと、哲のおばさんがにこやかに掃除道具を携えて私達を待っていました。

「っていいながら、こき使う気まんまんじゃねぇか。お袋ってば……っ、ぐぇっ」

少しバカにしたような声を出した哲は、おばさんの不意打ち肘鉄にダウンしました。


「……すげぇ……、手の速さは久我並み」

斉藤さんの小さな呟きに、おばさんの笑みが向う。

「うふふ、美咲ちゃんは私の子供みたいなものだから、ね? さぁ、どうぞ。来たばかりで申し訳ないんですけど……」

にこやかな笑みと、一枚の紙。

それを、先頭の課長が受け取る。

そこには、今日やるべき掃除箇所の一覧が書かれていて。

「夕方までには終わるように、よろしくお願いしますね?」

おばさんは細かい指示を口早に哲に伝えると、挨拶に行ってきます、と車に乗って会社へと出かけてしまった。



後姿を皆で見送り、そのまま哲に視線を動かす。

「パワフルだねぇ……」

真崎さんの驚いたような呆然としたような声に、哲は苦笑い気味に片手で前髪をかき上げた。

「ホント、俺の手に余ります。海外行ってくれて、すげぇ嬉いっすよ」

「哲ってば、親不孝者」

玄関にあがって、とりあえずリビングに入る。

そこには、朝と昼兼用の食事がおいてあって、それを食べながら掃除の分担を決めた。


「じゃぁ、終わり次第チェックして次に移る感じで。皆で潰していけば、終わるだろ」

課長が割り振りながらそれぞれの名前を書いていくと、斉藤さんが横から覗き込んで感心したような声を上げた。


「それにしても、お袋さんの段取りの仕方すげぇな。なんか、采配うまそう」

哲は食べ終わった食器をキッチンに運びながら、そりゃそうですよ、と面白くなさそうに呟く。

「それが仕事なんですよ、お袋の」

「仕事?」

課長が聞き返す。


私も立ち上がると、同じく食器を手に哲の後に続いてキッチンに入った。

「哲のお母さん、秘書やってるんですよ。哲のお父さんの」

会社名を伝えると、真崎のびっくりした声が響く。

「うわー、有名会社じゃないの。両親がそこに勤めてるなら、このムダに広い家も納得だねぇ」

「確かにな」

課長もつられて、溜息をついた。


その声に哲は、肩をまわす。

ムダに、愛想のいい笑顔を顔に浮かべながら。

「じゃ、そのムダに広い家の大掃除、よろしくお願いします~」

私はリビングから出て行く皆を見送りながら、洗い物を片付けるために蛇口を捻った。





*******************************************





昼前からはじめた掃除は、間に休憩を挟んで夕方にはなんとか終わりにこぎつけた。

一番大変そうだったのは、庭担当の哲と斉藤さん。

上手い具合に真崎は逃げ、私は屋内の細かい作業。

課長は、窓やペンダントライト等の屋内の高いところの掃除と粗大ゴミを細かく破壊してました。

うちの方だと粗大ごみはそのままで有料回収なんだけど、ここは細かく出来れば燃えるごみに出せるんだよね。

場所によって違いが結構あるものです。

棚板を蹴りや拳で破壊する課長の姿は、なんだか鬼気迫るものがありました。

多分、ストレス発散……? (笑



でも。ちょっとだけ、格好いいなぁとか思ったり。



なんかね、心の中で澱んでいたものを哲が薄めてくれたあの日から、少しだけ自分の気持ちに素直になれた気がする。

今まで無意識に避けていた“大切なもの”を、意識することが出来てきたというかー



「……美咲ちゃん、百面相過ぎてちょっと怖い」

「えっ?」

真崎の声で現実に戻されると、目の前には男性陣勢ぞろい。

苦笑い気味に見られていることに気付いて、思わず顔が赤くなる。

「ははは、すみません。ちょっと別世界に旅立ってました」

「みりゃ分かる。久我はホントおかしな奴だよ。俺には絶対、女に見えねぇ」

斉藤さんが手にしたコーラを飲み干して、一息ついた。


「……おにーさん、倉庫の掃除は誰がするんでしたっけ?」

私の言葉にペットボトルをゴミ箱に放っていた斉藤さんが、慌てて拝むように両手を合わせた。


「久我さま久我さま、お礼はお安いものでよろしく」

「なんですか、それ」

呆れたように笑うと、玄関を開けておばさんが顔を出した。

「あら~、綺麗になってるわ。皆さん、ありがとうございます~」

「……やっとご帰還だよ」

哲が、ぼそりと溜息をついた。


「まさか、掃除が終わるまで帰ってこないなんてねぇ」

真崎さんが、あっさりと普通の声で肩を竦める。

おばさんは少しも気にしない表情で、にこにこと笑いながらそばに来た。


「哲、御園さんちに予約しておいたから、皆さんと夕食に行ってきなさいな。なんだか、張り切ってたわよ」

ちなみに御園さんちというのは、ご近所の洋食屋さん。

小さな頃から、よく食べに行っていたお馴染みさん。


「はいよ。んじゃ、行きますか」

哲は財布と携帯をポケットに突っ込むと、ダウンジャケットを羽織って私たちを振り返った。

「おぉっ、やっと飯! どんなんが出るんだろうな~」

斉藤さんの嬉しそうな声と、皆の用意する衣擦れの音。

私も上着を持って歩き出そうとしたら、おばさんに呼ばれて足を止めた。


「美咲ちゃんは、後からおばさんと行きましょ」

「え?」

つられて、皆が立ち止まる。

ドアに手をかけていた哲が、怪訝そうな声を出した。

「お袋、飯食ってからじゃだめなのか?」

「――いいわよね?」

なぜかその問いは私に向けられていて、はい、と一つ返事で頷きました。


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