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課長に連れられていったのは、以前、斉藤さんといったことのある飲み屋さん。
斉藤さんと寝こけて、課長んちにお世話になったあの時以来です。
店内に入ってから、お店のご主人に前回の謝罪をすると、課長の知りあいだから覚えていてくれたらしく笑って許してくれた。
というか、気にしてるとは思ってなかったと、大笑いしながら。
一番奥の座敷に上がって、課長が適当に頼んで一息つく。
って、いうか。
「なんか、変な感じです」
つい、口から出た言葉は、課長にとって不機嫌スイッチを押すものだったらしい。
お絞りで手を拭いていた課長は、眉を顰めて私を見る。
「なんだそれ?」
「だって、課長と二人でご飯って初めてですよね。なんか、よく分からないけど……」
緊張している自分がいるわけです。
課長は納得したように、お絞りをテーブルに戻した。
「あぁ、緊張してんだろ? 俺もだ」
「は? 課長が緊張?」
見えない見えない、いつもどおりの無表情が少しほぐれたかなーって感じ続行中ですよ。
納得できない顔で課長を見る。
「そりゃ緊張するさ。やっとだからな、お前を誘えたの」
肩を竦めると、そのまま壁に寄りかかった。
「というか、女と二人で飯食うの何年ぶりだろ。仕事上でも、あんまりないからな」
「え? 嘘だー」
思わず即答で返してしまいました。
「だって、ほら先月のことでもお分かりかと思いますが、課長狙いの人、結構いるんですよ」
柿沼のこととは、はっきり言うまい。
話している途中に運ばれてきたアルコールを口にする。
同じ様にグラスを傾けていた課長は、興味なさそうに、ふぅん、と呟いた。
「別に興味ないな。言ってるだろう? 俺は、お前が好きなんだ。お前以外はどうでもいい」
直接的な言葉に、意図せず赤くなる。
「……だから、ストレートすぎなんですってば!」
「お前は難しいな。遠まわしにしたら気付かないし、ストレートに言えば怒るし。さて、どうするべきか……」
「――すみませんね、面倒で」
自分でも分かってますよ、少しは!
でも、課長も結構扱いづらい性格だと思いますけどーっ
内心悪態をつきながら、グラスに口をつけたら。
「いや? そんなお前も、結構好きだけどな」
「……!」
噴出すのを堪えられた私に、盛大な拍手をお願いします!!
顔を真っ赤にして口を右手で押さえる私を見ながら、軽く笑う。
「本当に面白い。が、ここらでやめておくか。飯食ってるときにボディーブローされたら、俺でも結構堪える」
「私を何だと思ってるんでしょうね」
居酒屋でやるかってーの。
一応、常識くらいはあるつもりです。
つまみを手に取りながら話していたら、会話は自ずと仕事のほうに流れていき、いつの間にかそれメインで話し続ける。
仕事バカだと思うけど、話していくと、いろんな新しい発見や発想があって面白い。
「地域の特色を出したり、和のテイストをメインにした洋雑貨なんかもいいと思うんですけどね」
「あぁ、昔からの和の色とかいいよな。今回の連動企画もそうだけど、年間通して季節性を打ち出した……」
「……ここには打ち合わせできたのかよ、お二人さん」
私たちの会話を遮る声と共に、障子が開いて見慣れた顔がのぞいた。
「斉藤さん!」
そこには、少し呆れ顔の斉藤さんが立っていた。
うわわ、恥ずかしいじゃんか!
こんなとこ見られるの!
「なんだ、お前も飯か?」
少しも動じない無表情課長は、普通に会話を始めて。
焦った私が、お馬鹿のようだ……
斉藤さんは座敷の端に腰をかけると、右手を上げて廊下の方に手招きをした。
「そうですよ、丁度隣で食ってたら二人の声が聞こえたもんで……。ほらほら、別にいちゃこいてねぇから平気平気」
途中から廊下のほうに顔を向けて、そこにいるだろう誰かに話しかける。
そして斉藤さんの横から顔を出したのは、真崎さん。
「あー、本当だ。でもさーなんていうか甲斐性なしだよねぇ、加倉井課長ってば。ホント、見掛け倒し?」
「……真崎、お前とは一度話し合いたいところだな」
真崎さんは課長の言葉に面白そうに笑うと、さっさと座敷に上がりこんで私の横に座った。
「話し合いならね、僕が勝つに決まってるから」
うんうん、体力勝負は絶対無理だろうな。
真崎の隣で頷いて、同意する。
口勝負は無理でしょう、課長は。
斉藤さんも靴を脱いで上がると、課長の横に座って神妙に私たちを見た。
「いや、わかんねーぞ。なんたって、もと営業トップ」
「「は? 営業トップ!?」」
誰がっ!? と真崎と一緒に言葉を続けると、課長が面白くなさそうに視線を反らす。
「俺が営業じゃ、おかしいか」
「……おかしいよねぇ」
流石に私は内心に留めましたが、真崎はあっさりと感想を言い放ちました。
「そーいや、瑞貴も驚いてたなぁ。まさか自分と同じ畑出身とは思わなかったみたいでさ」
斉藤さんはお店の人が運んできてくれた自分たちが頼んだ食事を受け取りながら、思い出し笑い。
まぁ、驚くよね。
これだけ喜怒哀楽のない無表情男が、どのように営業を?
「どうやって、営業やってたんですか? 想像付きませんけど」
ホント、素直な感想。
私の素朴な疑問に、なぜか課長は眉を顰めた。
あれ? そこまでおかしな事聞いたかな?
すると斉藤さんが、横で物珍しいものを見るように私を見ながら唸った。
「へぇ……、幼馴染っていうのはこうも似るもんかな」
「は?」
幼馴染? 哲?
「なんですか、それ」
「いや、同じように課長の事知った時、瑞貴が一言一句違わず同じ質問したからさ。内容だけならありえそうだけど、言葉まで全部一緒。」
あぁ、そういうことか。
「まぁ、子供の頃から一緒にいますからね。思考回路が似てくるのかもしれません」
もう二十年以上だしね。
斉藤さんはニヤニヤと笑いながら、だそうですよ……と課長を見る。
課長は、溜息をついて私を見た。
「ま、仕方ないだろうな。俺は企画課に来てからの久我しかしらん。そういうところは、瑞貴に敵うまい」
その言葉に、思わず胸に小さな痛みが走る。
まだ、哲とのことは誰にも言ってない。
既に哲とは、幼馴染の関係に戻っていること。
課長と向き合いたいと、そう願った時点で私の想いは課長に向っていて。
あとは、自分がどれだけ自分と向き合えるかの問題だけだっていうこと。
哲は、言わないほうがいいっていっていた。
するとは思えないけれど、遠慮なんかされたら俺の背筋が凍るとか言って。
なんの先入観もなく、向き合えればそれが一番だと、そう言っていた。
だから。
私が、課長のことを自信を持って“好き”といえるまで、秘密にすることに決めた。




