表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
137/219

「美咲ちゃんの馬鹿ぢからぁー」


腹をさすりながら口を尖らせる真崎を後に、広報部を出た。

八時を廻った社内に残っている社員はほとんどいない。

三階の営業と、五階のうちくらい。

しかも今日は私以外、皆外回りで直帰だから四階から上だと私しかいないのかな?

ま、それを見越して真崎のところに行ってきたんだけどね。

新規部署のことがオープンになっていない以上、人に知られるような行動はやめたほうがいいと思うし……


光量の落とされた廊下を早足で進んで、エレベーターを経て企画室に戻る。


「あぁ、戻ったか」

そこには、課長の姿。

「あれ、課長。直帰じゃなかったんですか?」

後ろ手でドアを閉めながら、中に入る。


確かメーカー廻って直帰って、ホワイトボードに書いてあったはず……


自分のデスクに手をつきながら、壁に設置されているホワイトボードを見る。

課長の欄は、直帰になってる。見間違いじゃないよね。


課長は、まぁな、と溜息をつきながらパソコンの電源を落とす。

「明日一件打ち合わせが急遽入ってな。ほら、真崎につけられたマーケティングの部長のトコ。それの資料を取りに来たんだ」

動きを止めた私は、椅子から立ち上がった課長と目が合う。


「あ、そうなんですか。私は、水沢くんと打ちあわせしに行きますよ」

すぐに、視線を反らす。

私の言葉を聞いて、課長が面白くなさそうな声を出した。

「水沢か。あれもお前に懐いてるよな。ふぅん……なんだかちょっと、気分が悪い」

ふて腐れたような言葉に、思わず噴出す。

「気分悪いって、ホント子供みたいな事いわないでくださいよ。課長ってば」


声を上げて笑っていたら、いつの間にかそばに来ていた課長は腰に手を当てて溜息をつく。

「お前のことになると、本当に情けなくさせられるよ。駄々捏ねてやる、このやろう」

「なんですか、それ」

笑いを納められないまま、課長を見上げると。

そこにはいつもの無表情のまま、何か逡巡するように口元に手を当てる姿。

よく分からずに首を傾げて見上げたままいると、それに気づいた課長は少し息を吐き出して口を開いた。


「このあと、食事に行かないか?」

「……え?」


突然の誘いに、思わず固まる。

ぽかん、と口をあけて見上げる私に、課長はもう一度ゆっくりと言葉を伝える。


「俺と、食事にいってくれないか?」


課長と、食事?

っていうか……


「や、あの……なんでそんな口調……」


私相手に、何でかしこまってるの?


やっと言っている言葉を理解して顔を赤くさせている私を、課長は口元を少し緩めて見下ろす。


「前に誘ったら怒られたからな。少し学習してみた」

は? 怒るって……

「あの、ごまするって奴ですか?」

頷く課長は、口端を下げた。


「あれでも、俺にしては頑張ったんだけどなぁ。お前には通じなかった」

って、

「通じるわけないでしょ、あんな言い方!」


確実に、ただの冗談でしょ、あれじゃ。


「それにしたって……」

気恥ずかしいんですが。

課長は小さく、ふぅん、と呟くとにやりと笑う。

「それで? 久我さんは俺と食事に行ってくれるのか?」

は? 久我さん?

「ちょ、やめてくださいよっ」

人が慣れないのを知って、調子に乗ったな!


「あぁ、もういい。面倒。で? めし行くか?」

あ、口調が戻った。

返事がないのに少しやきもきしたか、口調が戻った課長に小さく頷く。

「いいですよ、はい」


そういうと、課長は微かに笑った。

表情の変化が、目に焼きつく。



幸せ、だと思う。

今、感じた感情は。

自分だけを見てくれる、自分も見つめている相手。



まだ、本当は怖いけれど。


それでも。




課長と……、自分の気持ちと向き合うと決めたんだから。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ