22
私の事があってバタバタしていた企画課は、今年最後の出社日、十二月二十九日に納会という名称のただの飲み会を開いた。
そうは言っても忙しい課長だけは、最初の一杯――しかもノンアルコール――を引っ掛けると、本社に戻っていったけれど。
明日も俺だけ仕事だ、と少しふてくされた顔をしながら。
そして、なぜか途中参加の真崎と私たちで、夜中まで楽しんだ。
あまり飲みにもいけない日常の、憂さ晴らしとでも言うように。
そして、やっと一年が終わった。
十二月三十日。
アパートのベッドの上で眼を覚ました私は、幾度か瞬きをして上半身を起こす。
少し昨日のアルコールが残っているようで、体が重い。
そんな自分の状態を、小さく笑う。
そして、息を吸い込むと――
「誕生日おめでとう。私」
そう言って、乾いた笑いを落とした。
しばらくベッドの上でぼーっとした後、いつも通りの休日を始める。
洗濯に、大掃除を兼ねたいつもより念入りな掃除。
スーツをクリーニングに出して、いつもより少しだけ豪華な食事を買ってくる。
起きた時間が午後だったこともあって、既に宵闇。
アパートの階段を上がって目を上げた私に見えたのは、部屋の前に立つ背の高い見慣れた男の姿。
「哲……、どしたの?」
私に気付いた哲は、にこりと笑う。
「二十七歳、おめでと」
三十歳に近づいたな、という余計な一言は忘れずに。
誕生日のケーキを携えて来た哲を、部屋の中に入れる。
「そういえば久しぶりだね、哲がうち来るの」
以前は結構な頻度で来ていた気がするけれど、ここ最近は来ていない。
哲は私が買ってきたご飯を勝手にテーブルに広げながら、お袋いるし、と呟く。
「めしをたかりに来てただけだからな、ここ」
「うちは定食屋か」
突っ込みを入れながら、哲の買ってきたケーキを物色する。
「俺はいらねぇから、好きに食えよ」
「え! いらないの?」
五個もあるんですけどー、私に太れと?
複雑な表情を哲に向けると、哲は箸を持っている手で私の背中を叩いた。
「お前、痩せただろ」
その言葉に、思わず哲を見る。
……まだ、消えてない。
私に対する罪悪感が、この子から消えてない――
焦って口を開こうとした私を、哲が遮る。
「少しくらい丸い方が、女らしいぜ?」
「――余計なお世話です。が、ありがたくケーキは頂きます」
……おちゃらけて、哲が本音をごまかすのなら。
それでいい。
ケーキを食べながら、久しぶりに穏やかな雰囲気で食事を終えた。
使った食器を洗い終えてリビングを見ると、以前のように哲は勝手にテレビを見ていて。
少しは落ち着いたかのなと思いながら、冷蔵庫からサイダーを手に取る。
そのままの体勢で、哲に声を掛けた。
「哲、なんか飲む?」
すぐに返ってくるはずの声が、聞こえなくて。
――ん?
「哲?」
おかしく思って立ち上がると、リビングへと振り返った。
「って、うわっ」
何かにぶつかって、後ろに体が傾ぐ。
思わず目を瞑ると、体に回された手が私を支えた。
そのまま、目の前の壁――哲に身体を押し付けられる。
「――え?」
意味が分からず、言葉にならない声が口から零れる。
「美咲」
頭の上から聞こえるその声は、――いつか聞いた……慣れない哲の声。
掠れたような低い声は、私の思考を真っ白に塗り替える。
え? なんで? 哲、リビングにいなかった?
テレビ見てて、こっちなんか見てなくて――
「ちょっ……離し……」
自分の身体を押さえつけている哲の腕を掴んで、引き剥がそうと力を込めても少しも動かない。
「美咲。俺、お前に会いたくてずっとここに来てたんだ。飯が理由じゃなくて」
「え?」
私の肩に顔を押し付けながら話すから、言葉だけじゃなくて首筋に掛かる息に体が震える。
「ずっと、ずっとお前が好きだった。俺にとって、美咲は幼馴染で……誰よりも大切で……」
そのまま、首筋に落とされる唇の感触に、肩を竦めてなんとか逃れようと哲の腕の中で身じろぐ。
「――哲?」
押さえつけられているから、哲の顔は見えないけれど。
私の声に、哲が自嘲気味な笑いを漏らした。
「俺は、ずっとお前を女として見てきた。――でも、お前は違うんだよな? いくら俺が言葉にしても態度にしても、お前の中の俺への気持ちは変わらないんだろ?」
「やっ……」
生暖かいモノが、首筋を這う感覚に思わず声が出る。
「好きだって言ってる俺を、不用意に部屋に上げんなよ。そりゃ、お前の幼馴染だけど……」
肩を押さえていた手が後頭部にまわって、顔を上げさせられた。
「俺、男なんだから」
哲と、目が合う。
「――お前の気持ちなんて、知るか」
哲はそう言って一瞬目を瞑ると、私の両腕を片手で頭の上に掴み上げて壁に体を押し付けた。
そのまま、私の唇を哲のそれが塞ぐ。
「……んっ」
食いつくような、そのキスは。
以前されたよりも、強引で。
隙間を割って入ってきた舌が、口内を貪っていく。
息も全て奪われるような行為に、だんだん頭がくらくらとしてきて。
力が、抜けていく――
ダメ、だ。
こんなこと……
そう、頭では思うけれど。
少し身体が浮いて、そのまま床に横たえられた。
覆い被さるように、哲の身体が重なる。
離された手で哲の腕を掴もうとするけれど、力が入らずに床に落ちて。
服の下から素肌に哲の手が触れて、身体が震えた。
一瞬、課長の声が、頭の中で響く。
――お前が奴に抱きついているのを見てるのが辛かった――




