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「え? じゃぁ、全部知ってたんですか?」
企画室に戻って、さっきの話しを二人にし終えた後。
間宮さんたちから聞かされた話は、ある意味衝撃的でした。
それは、私だけじゃなく課長と哲にも。
三日前倉庫に籠もっていたの、ばれていたらしいです。
「そう。でも久我さんは知られたくなさそうだったから、さっき来てた総務の磯谷に事情を話して柿沼さんたちを見張っててもらったんだ。ほら……最近、俺に来るメールの件数、多かったでしょ?」
間宮さんは後ろめたそうに溜息をついて、携帯を机に置いた。
「でも、最終的にはこんなことになっちゃって。ごめんね? 本当に怪我がなくてよかった」
「いえ、あの……気を使っていただいて、本当にすみません」
慌てて頭を下げていると、隣で哲が落ち込んだような声をだす。
それは至極当然な質問で。
「なんで、……俺たちにも内緒にしたんですか?」
「あたりまえ」
間髪いれず言葉を返した間宮さんは、それまでの申し訳なさそうな声と違ってきっぱりと言い切った。
「俺たちでさえ気づいていた彼女へのいじめに、気づかない方が悪い」
間宮さんの言葉を遮るように、両手を振る。
「いえ、あの、私が気づかせないようにしていたので! ほら、その、大事には至らなかったことですから……ね?」
最後は哲に向けて言う。
哲は視線を手元に向けて、俯いていた。
さっきのこともあるし、今は精神的に抉りたくないよう……
間宮さんは焦る私を見て表情を緩めると、小さく息を吐く。
「真崎もね、心配しているから。顔、見せにいってやってくれないかな? 広報にいるから……」
「でも……」
課長と哲に視線を向ける。
この二人放っていっていいんだろうか。
「ほら、久我さん」
有無を言わせないような雰囲気に、諦めて席を立った。
「じゃあ……、行ってきます……」
間宮さんと斉藤さんに頭を軽く下げて、企画室を出た。
ひんやりとした空気が、頬を撫でる。
何となく後ろ髪をひかれるような状態で、四階の広報部へと急いだ。
早くお礼を言って企画室に戻ろう。
駆け足で真崎のいる広報部に行くともう部署の人間は帰っているのか、奥の真崎がいる部屋だけ電気がついていて。
ガラス戸を軽く叩くと、中で仕事をしていた真崎が顔を上げて私を見る。
難しい表情だったそれが、満面の笑みに変わっていくのが、なんだか嬉しくて。
でも、ガラス戸をあけて中に入った途端、立ち上がった真崎にギューッと抱きしめられて後悔しました。
「苦しいっ、苦しいですってば!」
「美咲ちゃんーっ、無事でよかった!」
ギブギブと背中を叩いても、真崎の腕の力は緩まなくて。
諦めて、なすがままにしてみた。
心配をかけた人だから。
ようやっと私の身体を離してくれた真崎に、頭を下げて御礼を伝える。
「色々とご迷惑お掛けしました」
真崎さんは机に軽く腰掛けながら、首を振る。
「いいや、迷惑なんてかけられてないよ。美咲ちゃんが笑ってくれればそれで十分」
だから、その赤くなるような言葉、やめてくださいって……
恋愛感情ナシって分かってても、あかくなるってーの。
しばらくそこで真崎と話して、私は企画室に戻った。
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「久我、すまなかった」
「は?」
企画室に戻った私の前には、頭を下げる課長の姿。
既に他の三人は帰宅したらしく、課長だけがそこにいた。
それで、この状況。
「あの、なんですか。頭上げてくださいよ」
ありえない状況に、とにかく頭を上げてもらおうとおたおたと手を振る。
振っても意味ないの分かってんだけど――
課長はしばらくして頭を上げると、落ち込んだ表情で私を見下ろした。
「俺だけ、何も気づいてなかった。悪かった」
うわーっ
なんか、ドーベルマンが平謝りしてるみたいっ!
「いや別に、私が隠してたんですから!」
っていうか、なんで皆帰ってんのよ!
哲くらい、残っててよーっ
課長はふぅっと息を吐くと、身体の前で腕を組んだ。
「お前が何か隠し事をしてるのには気付いていたんだが、まさかいじめを受けているとは思わなかった」
「いや、いじめって言うほど酷いものじゃなかったので。お気になさらずですよ」
ははっ、と笑って課長の腕を叩くと、それが伸びて私の頬に触れた。
ガーゼのあるほう。
「痛かっただろう……」
思わず、顔を反らす。
「あの、……本当に大丈夫ですから」
課長は頬から外れた指を見ていたけれど、それをおろして溜息をつく。
「お前を守れないなら、諦めろって言われたよ。あの二人に」
「……え?」
諦めろ?
意味が理解できずに首を傾げると、課長は小さく首を後ろに向けて間宮さんの机を見る。
「でも、俺はお前を諦めたくない」
……って、
「あの……、課長?」
課長の言葉に、顔が熱くなる。
だからなんでこの人は、言葉がストレートなんだ!
「さっき、瑞貴を落ち着かせるためだと分かっていても、お前が奴に抱きついているのを見ているのが辛かった。お前に断られることを考えたくはないが、それ以外の理由で諦めたくない」
課長の言葉に両手で頬を押さえて、俯く。
「お前を諦めるつもりはない。だから……」
いつの間にか課長が目の前にいて、私の肩を掴んだ。
「頼む。何かあったら、言ってくれ。俺はお前の知っている通り、……鈍いんだ」
顔を上げて目を合わせると、情けない表情の課長と目が合う。
思わず噴出しそうになりながら、口元を緩めた。
「自分で言って……どうするんですか」
「仕方ないだろ? 情けなくても、俺はお前が欲しいんだから」
「――だから、そのストレート表現、やめてくださいよ! 恥ずかしいから!!」
何がだからかわからないけど、叫びながらボディーブローをかましてしまいました。
そのあと、課長の大爆笑が待っていたのは、言うまでもありません。




