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斉藤さんの声が、非常階段に響く。

「瑞貴! 久我?! ……え? 課長?」



最後の疑問形に、後ろで課長がばつ悪そうに視線を反らした。


びっくりして見上げたその先には、斉藤さんと間宮さん、もう一人その後ろに立っていて。

固まった体勢のまま見上げていたら、斉藤さんがほっと安堵したような少し呆れた表情で腰に手を当てて溜息をついた。


「ったくよー。慌ててきたら、いちゃこいてる場面かよ」



いちゃこいてる?

斉藤さんの言葉に、わが身を振り返る。


課長に背中から後ろ抱きにされて、哲に前から手を引かれてる状態……



「だぁぁっ! だから離せと言ってるでしょうが!! 課長っ、いい加減に離せ!」

哲に掴まれているのと反対の手で課長の手を掴むと、そっぽ向いたまま、アホな答えが返ってきた。

「じゃあ、瑞貴から離せばいいじゃないか」

「お前は、子供か!」

「ほう、課長に対してすごい言い草だな」

うるせーっ、今そんな状況じゃないだろう!

視線を哲に向けて、掴まれている手を小さく振る。


「哲も、ほら。離して」

哲はにっこりと外向きの顔で笑う。

「課長が離したら」

「お前たち、ふざけるなっ」


だめだ、今まさに堪忍袋の緒が切れそうだ。



私たちのやり取りを見ていた斉藤さんたちは呆れたように、溜息をこぼす。




「今の状況、分かってますか? 御三方」

間宮さんの冷たい声音に、顔を上げた。



……うぉぉ

笑ってるのに……怖いのはなぜでしょうか……

って言うか、私もそれに入るんですか?



課長と哲も何か感じたのか、腕を解いて立ち上がらせてくれた。



「はい、全員怪我は無い?」

間宮さんの声に、無言で頷く。

あれ、こんな怖い人でしたっけ?


「よかった。……遅くなってごめんね」

私に向けて言われたその言葉に、首を傾げる。



遅くなって? ごめん?



意味の分からない単語に課長と哲を見ると、二人とも不思議そうに間宮さんを見ていて。

間宮さんは私たちの視線を流して、説明は後で……と後ろを振り返った。




「……あ、総務の……」

二人の後ろに立っていたのは、さっき総務に行った時に一人だけいた男性社員。

その人は申し訳なさそうに、私に頭を下げた。

「うちの部の者が、酷いことをしたね。本当に申し訳ない」

可愛らしい顔をしたその人は、斉藤さんたちの同期のはず。

「えっ、別に何も……!」



え、これまずくないか?

柿沼たち、まずいよね?



思わず視線を上に向ける。

そこには、いまだ階段の途中で私たちを見下ろしている柿沼の姿と。

上の踊り場で、真っ青な顔をしたままこっちを見ている宮野の姿。


「あの、別に何もないですからっ」

いくら嫌な目に合わされたからといって、オオゴトにしたくない。

ここだけの話で、終わって欲しい。


私の必死な声に、その人は申し訳なさそうに笑う。

「いいんだ。事情は、間宮達から聞いてる」

「え? 事情?」

って、間宮さんたちから?



よく分からないんだけど、この状況……



「磯谷、人目につくと……」

後ろから斉藤さんがその人――磯谷さん――の肩を叩く。

「あぁ、そうだな」

そう言ってもう一度私たちに頭を下げると、階段を上り始めた。

柿沼の横を通って、宮野のいる踊り場まで上がる。


「あの……」

宮野が小さく何か呟いたみたいだったが、それを頭を振って制する。

座り込んでいた宮野の腕を取って引き上げると、途中で柿沼の腕も掴んで階段を下りてきた。


そのまま私の目の前まで、二人を連れてくる。


「言う事が、あるだろう?」

その声は、さっきまでの柔らかい口調ではなく、厳しい声音。


俯いていた宮野が、小さな声で謝罪の言葉を口にする。

「本当に、すみませんでした……」

小さく震えていて思わず慰めたくなる雰囲気に手を出そうとしたけれど、それは哲に止められた。

「……もう、いいから」

せめてそう言うと、宮野の目からぼろぼろと涙が零れる。


うーわー、弱いのよ。こういうの。

もういいよー



「……柿沼」

磯谷さんは微動だにしない柿沼に業を煮やしたのか、肩を軽く叩いて言葉を促す。

けれど柿沼は下をじっと見つめたまま、何も口にださない。

「柿沼」

流石に怒ったのか、何か言おうとした磯谷さんの言葉を遮る。

「あのっ! もう、本当にいいんで。ここだけで……ここだけの話で終わらせてください」


困惑したような視線を向ける磯谷さんに、頭を下げる。

「お願いします」

「いや、そんなことしないでくれよ。こっちが頼みたいくらいなのに。本当にいいの?」

「はい」

こんなの、終わればそれでいいんだから。



磯谷さんは宮野と柿沼を見下ろすと、溜息をついた。

「本当に、申し訳なかった。もし今後何かあったら、直接俺のところに連絡して? こいつらも馬鹿じゃないと思うから、もう、こんなことはないと信じたいところだけどね」

「はい、ありがとうございます」

私の返答に小さく頷くと、二人を促して非常階段のドアから出て行った。





ドアの閉まる音と同時に、大きく息を吐く。

「あぁ、緊張したー」

思わず天井を仰ぐ。


まさか総務の人が出てくるとは思わなかった。


「緊張したのは、こっちだ。まったく。磯谷から連絡来たとき、どうしようかと思った」

そこに、斉藤さんの憮然とした声が響く。

斉藤さんに視線を移すと、なんだか怒っている表情に顔が引きつった。



あれ? 私、斉藤さんに怒られること、しましたっけ?



間宮さんは斉藤さんの肩を叩くと、ゆっくりとした動作で非常階段のドアを開ける。

廊下から差し込んでくる明かりに、瞬きをしながらそれを見ていたら。

にっこりと、冷たい笑顔で間宮さんが私たちを振り返った。


「話は企画室でしましょうか。ここは寒いですし。ね?」


口調はいつもどおりなのに、なんでこんなに怖いんだ――?



きっと、ここにいる誰もが思ったに違いない……




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