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ただ、目の前にいる久我の姿を見下ろしていて。
意識がどこかに行きそうなぐらい、心臓が大きな音を立ててる。
「斉藤」
声を掛けられて、ビクッと身体が震える。
目の前には立ち上がった間宮と、真崎の姿。
目線で外に出るように促されても、どうしても身体が動かない。
二人の後ろに見える久我の姿から、目が離せない。
「斉藤……」
間宮が溜息をついて、俺の身体を押した。
その勢いのまま、荷物の間を通ってドアの外までたどり着く。
「鍵」
言われるまま、ポケットに突っ込んであったキーケースを取り出す。
間宮はそれを手に取ると、極力、音が鳴らないようにゆっくりと鍵をかけた。
カチッ
軽い音が、廊下に響く。
鍵を取り出したままになっていた手のひらに、キーケースがのせられる。
そのまま背を押されて、横の資料室に入った。
いつの間にか真崎がいなくなっていて、しばらく立ったままでいたら間宮に椅子に座るよう促される。
「お前がショック受けてどうするんだよ」
机の向かいに座った間宮の、呆れたような冷静な声。
その声に、弾かれたように意識が浮上する。
「何でお前は……!!」
叫ぼうとした俺の声を、間宮は睨んで止めさせる。
「隣に久我さんがいるんだよ、声、落として」
――っ
あまりに冷静な言葉に、頭が……感情が沸騰する。
「心配じゃないのか?! あんな姿見て……あれって……」
「……柿沼さんにやられたんだろうねぇ」
ドアが開いて、缶珈琲を三本持った真崎が入ってきた。
「どうだった?」
珈琲を受け取りながら間宮が問うと、真崎は頷いて溜息をついた。
「案の定。柿沼さんはそうでもないけど、総務と経理の同期の子だっけ? お取巻きたちの態度、すごい挙動不審。まぁ後で鎌掛けくらいはしてみるけど」
「――見に行ってきたのか……?」
真崎は軽く頷いて、俺を見下ろす。
「だって、原因、分かりやすいし。一応の確認と、珈琲を買いにね」
俺の前に缶珈琲を置いて、ポンポンと肩を叩かれた。
「少し落ち着いて。ここで喚いても、美咲ちゃんを起こしちゃうだけだから」
「お前等、何も感じねぇのかよ……そんなに冷静で……」
じろりと睨むと、反対に二人から睨み返された。
「感じないわけないだろう?」
「あぁ、僕も。これまでにないくらい、不愉快だね」
間宮は、珈琲のプルタブを開けて一口のみ下す。
「――嘘ついてでも外回りにしたくなった気持ち、分かるね」
「あの姿じゃねぇ……」
腫れた、頬。
久我から課長に連絡が来たのは、確か一時半過ぎあたり。
瑞貴が三十分も過ぎてる、と心配していたから。
今は既に五時をまわっていて。
四時間近くたってもまだあんなに赤いなら、叩かれた時の痛みは想像に難い。
「あれで戻ってきたら、課長と瑞貴、やばかったかもな」
俺でさえ、今、柿沼を問い詰めに行きたいのをなんとか理性で押し留めてるのに。
「そうだね、俺でもまずいな。女の子相手に、殴りそう――」
間宮の言葉に、しん……と静かになる。




