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「なんで今日に限って、久我いないかなぁ。もう五時だぜ? 暗くなる前に帰って来いよー」
さっきは仕方ないとか言ってた自分をあっさり無視して、口を尖がらせて文句を言いつつ廊下を歩く。
「斉藤、久我さんはお前の子供でも奥さんでもないんだから。で、真崎。探すのってどんな奴?」
間宮が、後ろから歩いてくる真崎を振り返る。
「ほら、斉藤の企画やった時のひな形。あれの全体通しての書類」
「じゃぁ、斉藤の用事でしょう。久我さんは関係ないよ」
間宮の吐く正論を聞き流しながら、五階のフロアを歩く。
「だって久我ってさ、整理整頓・掃除諸々得意なんだぜ? 前に、資料室の整理してもらったことあったけど、分かりやすかった」
俺がイライラを吹き飛ばそうと頭をかきながら間宮を見ると、ふと立ち止まった奴は少し目を眇めて俺を振り返る。
「というより、いつの間に資料室の整理を久我さんにしてもらったの?」
――やべ。
思わず口を閉じて、視線を天井に向ける。
資料室の管理は、俺が担当だったり。いや、倉庫も俺の担当だったり。
そっぽ向いて話を流そうとしている俺に、冷たい視線が突き刺さる。
「斉藤、久我さんに甘えすぎ」
「妹みたいなもんだし」
「斉藤の場合、お前が弟だよ」
IDチェックの手前の通路を、右に反れる。
そこには右手に会議室。その前の通路を左に折れると資料室が左にあって奥が倉庫になってる。
「それはねぇだろ? さすがに、弟じゃないよな?」
真崎を見ると、にっこりと笑いながら「弟に一票」とのたまいやがった。
「大体さ、自分の資料を倉庫に置くってどうなの。せめて資料室においてよ。斉藤が一人で探さなきゃいけないのを、同期のよしみで付き合ってるのにねぇ? 間宮、面倒だからラウンジでも行く?」
「あぁ、いいね。そっちに付き合うよ、真崎」
立ち止まろうとする二人の後ろに回りこんで、その背を押して倉庫へと促す。
「悪かったよ、終わったらラウンジでも何でも奢るから、助けてっ。この通り!」
勢いでそのままドアの前に押し出す。
俺より少し背の低い二人は、仕方がないと肩を竦めてる。
その横からドアの取っ手に手をかけると――
カチッ
軽く小さな音が響いて、自分の手が取っ手から外れた。
「あ、あれ? 鍵かかってら」
いつも開きっぱなしのドアを、三人で見つめる。
間宮が首を傾げながら、俺を振り返る。
「鍵は?」
「ん? あぁ、そっか」
開いているのが当たり前だったから、鍵持ってるの忘れてた。
「管理担当がそれでどうするんだよ、斉藤」
真崎が少し呆れたような声で、壁際によった。
「でもいつも開きっぱなしなんだぜ、ここ。鍵も俺と課長しか持ってないし」
前に来た時、閉めたっけな? ってか、前来たのがいつだったかさえ覚えてないけれど。
ぶつぶつと文句を言いながら、鍵を開けて中に入り込む。
胸の辺りまで積まれた荷物とスチール棚が入り組んだ隙間を作っていて、カニ歩きくらいでしか倉庫内は移動できない。
しかも触れるたびに埃が舞うものだから、そろそろとゆっくりと先に進む。
真崎が入るのをためらうように、ドアのところに突っ立っていて。
「企画課……、斉藤に管理担当させるのよしなよ」
「まったくだ」
うんざりした声の真崎に同意したら、お前が言うなと、間宮に睨まれた。
この二人、何気に怖ぇんだけど。
「で? どこら辺にありそう?」
後ろから歩いてくる間宮に少し考えてから首を傾げると、心底うんざりとした顔を向けられました。
「とりあえず、窓開けるな。埃が逃げて少しはいやすいぞ」
なんとか話を流そうと明るい声を出して、窓際へと進む。
「どれだけここにいるつもり?」
「はっはっはー」
うあー、冷てぇっ。冷気が襲うっ
前に間宮の本性を見せられてから、こいつ上手く俺に使うようになってきやがった。
ちくしょー、おりゃまけねぇぞ。
「あーあ、ホントに美咲ちゃんの手が欲しいよ。どこに行ったのかねぇ」
真崎が諦めたかのように呟きながら、手元のファイルを手にとる。
「急用らしいけど。それにしても、鞄も持たずに行くのかな。一応仕方ないからとはいってはみたものの、俺もすごい疑問。久我さんらしくない」
間宮は引き出しを開けているのか、軽くプラスチックがすべる音が聞こえる。
二人の不穏な空気をびしばし感じながら、細い隙間を辿ってやっと窓際にたどり着いた。
あの二人とずっとここにいたら、寿命が縮まりそうだ。
本気出して探すっきゃねぇな。
鍵に手を伸ばしてロックをはずそうとした時、目の端に靴が映った。




