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「――付き添いが欲しかったの、課長の方でしたか」
自分の担当する展示会を見終わった後、見計らったように課長から連絡が来た。
ふと言われた方向のビルを見上げると、二階のフロアから私を見下ろしている課長と目が合う。
そのまま課長の担当する企画に使う素材を、一緒に見てまわったわけだけれど……。
おかげで早く帰れるはずが、既に九時近く。
予定では七時にはここを出ているはずだったのに。
課長は私の言葉に、首をかしげる。
「展示会はお前の勉強。ごまをすってやると言っただろう? 夕飯奢ってやる」
――――
「は?」
ごま?
ふと朝の会話を思い出しながら、あぁ、と手を打つ。
「そう言えば、そんなふざけたこと言ってましたね」
「お前は口が悪いな、本当に」
――――
「課長ほどじゃないです」
むすっと言い返すと、上から押し殺した笑い声が降ってきた。
哲ほど高くない身長だけれど、それでも私にしてみれば遠い位置にある顔を頑張って――それでも余裕の表情で睨みあげる。
――え?
何……? それ……
私を見下ろす課長の顔は意地悪そうなのかと思ったら、なんだか優しい表情で。
その表情に鼓動が早まり、思わず視線を足元に落とす。
「いったい課長って……、何考えて――」
「ん?」
呟いてから、慌てて口を噤む。
いけないいけない、本音が出たっ。
何考えてるのか知りたいけど、そんなこと言ったら話しがそっち方向に進んじゃうよねっ。
っていうか、何も言わないくせにその表情は反則でしょ!?
そんな、普段見る事がないくらい優しい表情は――
課長は俯いてだんまりを決め込む私の肩を、右手で引き止める。
「久我、どうした?」
どうしたって……
何で私のこと好きなんですかーとか。
今のこの状態って、よくわかんないですーとか。
いったいいつから私のことー? とか……
聞きたい事がいっぱいあったりするんですが……
だめだ、なんだか恥ずかしいっ
だって、そんなこと聞いちゃったら、明日から普通に出来るかな私。
いや、できる……わけないっ……
「久我?」
ビクッ……と、身体が揺れる。
うわっ、駄目だ。意識したら、どうにもこうにも――っ!
慌てて後ろに飛びずさる。
目の前には私の肩から外れた手を宙に浮かせて、こちらを見下ろすあっけに取られたような課長の姿。
「あっあのっ! 私、用があるんで……その、また今度ということで!」
そのまま課長を置いて、思わず逃げ帰っちゃったけど……仕方ないよね……?――――