プロローグ
ーシオン聖国大神殿ー謁見の間ー
私の名前はエステラ.ラインベルト。
シオン聖国の異端審問課の審問官だ。
他国の審問官は、その国が定めた国教以外の宗教を信仰する異端者を取り締まる為の役職だが、我々シオン聖国の審問官の仕事は『地底の魔王』取り引きした者の取り締まりだ。
地底の魔王は欲深い人間達を誑かして取り引きをする。
そして取り引きをした者達は大抵、魔王から与えられた危険な魔術や魔道具を使い私利私欲の為に犯罪を犯す。
魔王から伝えられた魔術を我々は『黒魔術』そして魔王の生み出した魔道具を『闇魔道具』と呼ぶ。
我々は、それらの回収と、そして魔王と取り引きをした者の逮捕が仕事だ。
シオン聖国は帝国時代には存在しなかった新興国だ。
帝国時代の頃は皇帝が政治、軍事、宗教、全ての頂点として君臨し神官も審問官も、その支配下にあった。
そして帝国崩壊後は『聖杯』に選ばれた神官を頂点として帝国から独立したのだ。
『聖杯』とは『聖水晶』と同じ『聖物』だ。
そして『聖水晶』と同様に所有者を選ぶ。
『聖水晶』に選ばれた女性が『聖女』の称号を与えられる様に『聖杯』に選ばれた神官は『聖王』という称号が与えられた。
『聖杯』の力は『聖杯』に水を注ぐと、その水は『聖水』に変わる。
『聖水』には不思議な力が宿り、これまで様々な奇跡を起こしてきた。
病に侵された者が『聖水』を飲めば病は治り、眼病の盲人が目を洗ったら視力が回復したと言う記録もある。
他にも『聖水』を飲んだ者が神聖力や予言の力を授かり、大地震を予言して多くの人命を救った等の『聖水』が起こした奇跡は数しれない。
他にも『聖水』で清めた石には特殊な力が宿り、それを我々は『聖石』と呼んで様々な事に使用している。
アルティミ王国が『聖水晶』と『聖女』様に護られた国なら、シオン聖国は『聖杯』と『聖王』猊下に護られた国だ。
その聖王猊下から、この日、私は直々の命令を受けたのだ。
「聖王猊下。審問官、エステラ·ラインベルトお召しにより参りました」
私はそう挨拶したから聖王猊下の御前に跪く。
「エステラよ。よく来たな。早速だか、クリーガァに行ってもらいたい」
「クリーガァですか?」
「そうだ。クリーガァの第二王子が『王家の病』を発症したのは聞き及んでいよう」
「はい」
「その王子の病が完治したらしい」
『王家の病』それは50年に一人クリーガァ王家の王子が罹る不治の病だ。
クリーガァ王家が病を患う様になってから300年もの間、シオン聖国は病を患った王子達の為に神聖力を持った上級治癒神官の派遣や『聖水』を送ってきた。
だが300年間、神官達も『聖水』の力を持ってしても『王家の病』を完治させる事は出来なかった。
そんな不治の病が完治した?!
だからこそ聖王猊下は、そこに『地底の魔王』が絡んでいる可能性を疑っているのだろうと思った。
それ以外に病な完治させる方法等思いつかない。
「成程。その病の完治に『地底の魔王』が関わっている可能性があると言うことですね?」
「そう言う事だ」
「しかし問題はクリーガァ王家に関わることです。病の王子、個人が自分の命可愛さに魔王と取り引きしたのであれば、左程の問題にはならないでしょうが…。国家ぐるみで言う事もありえます。そうなればクリーガァとの大きな問題になりますが、その時はいかが致しますか?」
「エステラよ。シオン聖国の紋章は『白菊に天秤』だ。
帝国時代は『白菊と聖杯』を紋章としていたが、神殿は時の権力者に媚び諂い堕落して様々な過ちを犯してきた。
その反省から、シオン聖国は貴賎にが変わらず神の前に平等であれと公正の象徴である天秤を紋章に変えたのだ。
それが建国以来、この国の理念だ。例え国同士の大きな問題になろうとも正しき正義貫け。それが審問官の役割だ」
聖王猊下のお言葉で私の覚悟も決まった。
「はっ。畏まりました。このエステラ・ラインベルト必ずや真相を明らかにして見せます」
こうして、私は調査の為に護衛の聖騎士達を連れてクリーガァへと旅立った。
◇◇◇
ークリーガァ王国ー王宮の貴賓室ー
それはシオン聖国からの突然の連絡だった。
『クリーガァ王国の者に魔王との取り引き疑惑があり
我々シオン聖国は、この事態を重く見て審問官の派遣を決定した』と一方的に通告が来たのだ。
そして、その通告から数日後シオン聖国から派遣されて審問官と審問官の護衛を務める聖騎士達が王都に到着した。
当然、国王として、この通告を無視する事は出来ない。
私は速やかにスケジュールを調整してシオン聖国の審問官に会う事にした。
「遠路遥々、ようこそクリーガァに」
「クリーガァ王国の太陽ステファノ国王陛下に、ご挨拶申しあげます。私はシオン聖国、審問官エステラ、ラインベルトと申します」
「我が国は貴女を歓迎しよう」
「ありがとうございます」
形式的な挨拶は終わった。
(さて、ここからが問題だ。審問官がクリーガァにやって来た、その目的だ。セインの事かマリア嬢の事か…)
「それから第二王子セインフォード殿下の病が回復されたと聞き及びました。シオン聖国としてもこの度の殿下の回復にお祝申し上げます。また『聖水』の力を持ってしても治せなかった不治の病をどの様に治療し完治させたのか、お教え頂ければ幸いです」
(どうやらセインの病の回復に『黒魔術』の関与を疑っているらしい)
「そうですな。一言で申し上げるなら愛の力ですかな」
「…愛の力ですか…?」
「左様。それ以外に病の完治に付いて我々にも説明のしようがありませんな」
はっきり言って嘘は言っていない。
息子とマリア嬢が想い合う仲だったからこそ病は治ったのだ。
だがマリア嬢の事を知らない審問官には、馬鹿げた話に聞こえたのだろう。
明らかに不快感が顔に出している。
「………分かりました。ではその愛の力で回復されたセインフォード殿下に、是非、お目に掛かりより詳しいお話をお伺いしたいのですが、ご許可を頂けますでしょうか?」
私からはこれ以上、何も聞き出せないと見たのだろう。
矛先をセイン本人に変えてきた。
「審問官殿の希望であればセインを呼びましょう。ただしセインは病は治りましたが、未だに療養先のフレイヤ公爵領に留まってますので、今、直ぐにとはいきません。王都に戻る様に使いをだしますので、暫くお待ち頂きたい」
「いえ。わざわざ殿下を王都に呼んで頂く必要はありません。我々が出向きましょう。つきましてはフレイヤ公爵領にも入るご許可を」
「無論。許可しましょう」
「ありがとうございます。それでは、我々はこれからフレイヤ領へ向かいます。本日は、お忙しい中お時間を取って頂きありがとうございました。では、これで失礼致します」
そう言ってラインベルト審問官は一礼して退出していった。
異端審問官はシオン聖国でも高い地位にある。
そんな人物が堂々と身分をあかし入国したのでは我々も下手に動け無い。
ただ一つ言えるのは、セインは『黒魔術』に関与していないし、マリア嬢の事さえバレなければ問題は無い。
2人が無事にやり過ごせる様に心の中で祈りながら私は審問官を見送った。




