私と猫の新たな生活
ー翌日ー
「おはようございます。マリア良く眠れまして?」
「………う~ん?」
ノアールの声で、私は目を覚ました。
体が入れる変わってから、一夜が明けた。
そして昨日、私の身に起こったことが、再び鮮明に蘇る。
そして寝ぼけていた頭が一気に覚醒する。
「ノアール!!」
その現実を改めて実感して、私は慌てて飛び起きた。
「ーええ!!そうですわよ。どうしたのです?そんなに驚いて」
「ごめんなさい。体が入れ替わった事を寝ぼけて忘れてて…」
「体が入れ替わったのは夢ではありません。現実ですわ」
「そうよね。おはよう。ノアール」
(昨日は体が入れ替わった、直後は興奮して眠れないと思ったけど、案外、眠れるものね)
そう思いながら、私は立ち上がってベットの近くに置かれていた大きな鏡で改めて自分の姿をじっくり見て私は驚いた。
少し癖がある柔らな長いストロベリーブロンドの髪。
美しいグリーンの瞳に愛らしい容姿。
ノアールに聞いた話では、この体の持ち主の年齢も16歳で私と同じ年。
だけど、これだけは、はっきりと言える。
元の私よりもずっと美人だと。
こんな素敵な体を捨てて、どうして地味な田舎娘と言われた私と入れ替わりたかったのか疑問にすら思ってしまう。
『ジーッ』と鏡を見て居たら、ノアールが話し掛けてくる。
「マリア。ずっと鏡を見続けて、どうしました?起きたのなら、着替えと朝食の準備をしたらどうですか?」
そう言われて、私は現実に引き戻された。
「え?!着替えと朝食の準備?!あの侍女とかコックはいないのかしら?」
私は7歳の時から身の回りの事は、全て侍女にやって貰っていた。
少しでも自分で何をやれば『はしたない』と厳しく咎められる。
だから恥ずかしいけど今の自分では何も出来ない。
「そんな者いるわけ無いでしょう。貴女は、どこのどなた様ですの?」
「え?私?私は、一応アルティミ王国の王太子妃で…」
「なんですって!アルティミ王国の王太子妃!貴方が?!」
「あ!でもまだ神様の前で夫婦の誓いも立てて無ければ、婚姻誓約書にサインもして無かったわ。バージンロード歩いている途中で、魂が入れ替わってしまったんですもの…。だから、まだ婚約者の方が正しいのかしら?どう思うノアール?」
そう聞けばノアールは、呆れた様に溜め息を付いた。
「はぁ~。貴女は悩む所が間違いってます!」
「そ、そうかしら?」
「とにかく残念ながら、ここには誰もいません。その代わりに、あたくしが『生活魔法』を教えて差し上げます」
「『生活魔法』!?本当に?!一度、使って見たかったのよね。ノアールありがとう。助かるわ」
『生活魔法』それは、はっきり言って誰でも使える庶民の魔法だ。
勿論、そんな魔法が出来ても、沢山の使用人を抱える貴族に取っては意味も無い。
その為、王侯貴族が『生活魔法』を学ぶ必要はなかったし、お妃教育でも学ぶ機会は無かった。
喜んで居ると、ノアールが着替えを促してくる。
「マリア。貴女、着替えも一人では出来ないのかしら?」
「いいえ。私は幼い頃、孤児院で育ったの。だからきっと簡単なドレス位なら自分で、着替えれると思うわ」
幼い頃を思い出しながら、私はクローゼットを開く。
だけどクローゼットの中には派手で一人では着るのが難しそうなドレスが収納されていて、一人で着替えれるという、私の自信はあさっりと無くなってしまった。
「えっと……。取り敢えずシンプルなドレスを…」
それでも私は、その中で一番地味で着やすそうなドレスを選んで着替える。
時間は掛かったが、ノアールのアドバイスのお陰もあって何とか着替えが出来た。
今度は洗面所に向かう。
「先ずは顔を洗う事から初めましょう」
「ここには水道がありませんの。水は井戸から汲んで来る必要がありますわ」
「え??水汲み?私に出来るかしら?」
「だから、そこの洗面器に魔法で水を注ぐと良いですわ。水は魔法で出せば良いてすわ」
「あ!そうよね!」
そうして私はノアールの言う通り魔法で水を出した。
『湧き出ろ清き水よ』そう呪文を唱え手で水を掬う様な動作をすれば手の中に水が湧き出して、私はそれを洗面器に移してから自分の顔を洗った。
「次は髪を結ばないとね。髪が長いから料理をするのに邪魔になるわよね?」
そう思い、私は自分で長い髪を三つ編みにする。四苦八苦しながらも、何とか結ぶ事が出来た。
形がいびつだが、初めてにしては良くできた方だと思う。
仕上げに赤いリボンを結ぶ。
「うん、これで良し!初めてにしては上出来かしらね?ノアール?」
そう言ってノアールに見せれば、私の三つ編み見て返事が返ってくる。
「まぁ。良いんじゃ有りませんこと?」
ノアールから見ても上々の出来のようだ。
こうして、私は何とか身支度を整えて、エプロンの付けてキッチンに向う。
今度は朝食の作りに挑戦するからだ。
「マリア。さっきと同じ様に、設備が不便な事は魔法を使ってやりますわよ」
「そこの冷蔵庫には食糧が少し入ってます。先ずはベーコンと卵、レタスを出してくださる?」
「ええ。分かった」
私はノアールに言われた通り、冷蔵庫から、ベーコン卵、レタスを出した。
「レタスは水で良く洗ってから切って、次に魔法でコンロに火を付けて、フライパンでベーコンを焼いて、卵を目玉焼にしましょう。最後にパンを魔法で焼き直したら完成ですわ」
「頑張るわ」
ノアールに色々と教えてもらいながらの私は初めて料理をする。
戸惑う事ばかりだったけど、私は、なんとか朝食までこぎつけた。
そしてノアールと一緒に朝食を食べる。
離宮で食べていた朝食とは比べ物にならないほど質素だが、自分で作った料理と自分で入れた食後の紅茶は、今まで食べたどの食事より美味しくて私は幸せな気分になった。
「美味しいわね。ノアール」
「ええ。そうですわね」
ノアールのお陰で、何とか生活出来そうな手応えに私は安心したのか、自分の住んでいる場所が気になった。
「ねぇ?ノアール。ここは、どこなのかしら?」
そう聞けば、ノアールは答えてくれた。
「昨日は慌ただしくて教え忘れましたが、ここはクリーヴァ王国のフレイヤ公爵領の『黒い森』ですわ」
「クリーガァ王国?!」
それは、アルティミから見て東に位置する隣国の名前だ。
昔は一つの大帝国だったが、その大帝国に未曾有の厄災が訪れ衰退して、広大な領土を守る事が出来なくなり、300年前に3つの国に分裂して、アルティミ王国とクリーガァ王国そして、もう一つ、シオン聖国が出来た。
元々は一つの国だった為に、この3カ国は、今でも同一の言語を話し、同じ文化を持っている。
そう聞いて私はホッとした。
お妃教育で、他の言語もそれなりに話せるが、やはり使い慣れた言葉が一番話し易い。
また国によっては、主教や文化の違いに対応するのは、大変だからだ。
「そうなのね。良かったわ。それなら言葉も通じるし何とかなりそうだわ」
自信満々に言った、私にノアールはちょっと呆れた様に溜め息を付く。
「はぁ〜。マリアは本当に呑気ですわね」
朝食後はノアールと一緒に外の森を歩く事にした。
体が入れ替わった為に、どこか体に違和感を感じるのだ。
だから1日でも早く体に慣らす為に積極的に運動をする事にしたのだ。
「マリア、せっかくだから、森の木の実やキノコも取って来ましょう。良い食料になりますよ」
ノアールの助言もあり私は『カゴ』を準備した。
「気を付けるのですよ。この国は、アルティミと違って魔獣がいますからね」
アルティミ王国では、聖女が、『聖水晶』に祈りと魔力を捧げることで、強力な結界が国の全てに張り巡らされて、魔獣が出る事は一切ない。
だから、魔獣が危険な存在だと分かっていても余り実感が湧かない。
取り敢えず、ノアールの忠告に従って、私は身を守れる位の小さな結界を張る『光魔術』を自分とノアールにかけた。
『光よ。悪しきものから護り給え。シールド』
「どうかしら?これで多分、大丈夫だど思うけど…」
アルティミでは魔獣は居ないが帝国時代から受け継がれた『神聖力』の魔術の数々がある。
その魔術は、アルティミでは『光魔術』と呼び『神聖力』を保有者には習得が義務付られていた。
当然、私も幼い頃から『光魔術』を学んできた。
ただ魔獣相手に使用した事は一度も無いので、そこが不安だった。
だから心配で魔獣を知っているノアールに聞いた。
そしてノアールは私の『光魔術』に、とても驚きながら答えてくれた。
「何ですの?この魔術は?」
どうやら、ノアールは『光魔術』を知らないらしい。
「神聖力を使かった光魔術よ」
「光魔術ですって?クリーガァでは既に『失われた魔術』になった伝説の魔術ですわね」
「そうなの?」
「ええ。残念ながらクリーガァには神聖力を持って生まれる人間は、ほぼ居ませんから。それに伴い光魔術も衰退してしまったんです。それにしても流石はアルティミ王国の聖女。この結界なら、あたくし達に魔獣は近寄れませんわね」
ノアールからもお墨付きを貰えたので私は安心する事が出来た。
普通の魔力は肉体に宿るとされているが、『神聖力』は神のギフトであり神に祝福された『魂』に宿るとされている。
だから体が変わっても私には『神聖力』があり、神聖力を使う『光魔術』が使えた。
そして私達は森に入るのだった。