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三人のドッペルゲンガー

作者: ウォーカー

 信心深い男がいた。

信心深いとは言っても、寺院などで神に祈ることではない。

もっとネガティブなやり方。

その男は、不吉だと言われることを徹底的に避ける男だった。

靴紐が切れると縁起が悪い、だから靴紐が必要な靴は履かない。

箸が折れると縁起が悪い、だから折れやすい木箸は使わない。

そんな風に、その男は縁起に神経質な生活を送っていた。


 そんなその男が、最近、妙な噂を聞くようになった。

「あれっ。お前、さっき駅前にいなかったか?

 お婆さんの道案内をしていただろう。」

「君、もう帰ってきたのかい?

 ついさっき、表で見かけたばかりだと思ったけど。」

その男が身に覚えのない場所で他人に見かけられる、ということが続いた。

そんな噂を聞いたその男の脳裏をぎったのは、ドッペルゲンガーの逸話だった。


ドッペルゲンガー。

自分自身とそっくりの見かけをした生霊。

その姿を見かけることは凶兆であり、死の前兆であるとも言われる。


もしかすると、皆が見かけたのは、自分のドッペルゲンガーかもしれない。

そうであれば、自分自身のドッペルゲンガーを見ないよう、気を付けなければ。

そうしてその男は、ドッペルゲンガーを避けてビクビクと生活するようになった。


 そんな生活が続いた、ある日のこと。

その男が町を歩いていると、目の前の横断歩道で手を引かれた老婆の姿が。

どうやら、横断歩道を渡る老婆の手を引いてあげている人がいるようだ。

「横断歩道でお婆さんの手を引いてやるなんて、親切な人もいるものだな。」

構わず、その男は老婆たちとすれ違って、それからギクリと足を止めた。

振り返って、今すれ違った老婆たちの方を見る。

老婆の手を引いてお礼を言われている人物、

その顔は、自分そっくりの顔をしていたように見えた。

「・・・あいつ、僕の顔にそっくりじゃなかったか?

 まさか、あれがみんなが見ていたドッペルゲンガーか?」

ドッペルゲンガーは凶兆、見れば死ぬとも言われている。

その男の目の前には今、そのドッペルゲンガーかもしれない人物がいる。

本当にドッペルゲンガーなのか確かめたいが、

直接見てしまうのは危険なので躊躇してしまう。

「どうしよう。

 ドッペルゲンガーならこのままにしておくわけにもいかないし。」

仕方がなく、その男は、なるべく姿を見ないようにしながら、

自分そっくりの顔をしたドッペルゲンガーらしき人物の後をつけることにした。


 ドッペルゲンガーらしき人物の少し後ろを、その男が密かについて行っている。

その人物は、その男が後をつけていることには気が付いていないようだ。

どこか覚束おぼつかない足取りで、フラフラと町を歩いていた。

その行く先々で、落ちているゴミを拾ってゴミ箱に入れたり、

困っている老人に手を差し伸べたりとしている。

「あいつ、本当に僕のドッペルゲンガーか?」

今のところ、ドッペルゲンガーらしき人物は、

どちらかと言うと親切な人といった様子で、凶兆の生霊には思えない。

ボロボロのシャツとジーンズの姿は、ありふれた若者の姿だ。

そうこうしている間に日は暮れて、夜になって。

ドッペルゲンガーらしき人物は、町外れの川辺にやってきた。

するとその人物はおもむろに橋の下に潜り込むと、

そこに置いてあったボロボロの茣蓙ござに包まって横になってしまった。

どうやらここで寝起きをしているらしかった。

寝息を立て始めたのを確認して、その男は腕組みをして唸った。

「う~ん、ドッペルゲンガーって寝る時はどうしてるんだろう。

 今みたいに橋の下で野宿するのか?

 どこの伝承にもそんなことは書いてなかったな。

 ・・・しかたがない。

 おい、起きろ!ただし、こっちは見るなよ。」

いずれにせよ、

自分そっくりの顔をした人物に野宿をさせておくわけにはいかない。

その男は、目の前で野宿しているドッペルゲンガーらしき人物を起こして、

自分のアパートの部屋へ連れて行くことにした。


 そうしてその男は、ドッペルゲンガーらしき人物を自分の家に連れ帰った。

しかし、困ったのはそれからだった。

道すがら、その男はその人物と話をしたが、身元などはわからなかった。

「どこから来たんだ?」

「・・・。」

「何者だ?僕のドッペルゲンガーか?」

「・・・わからない。」

「お前、名前は?」

「・・・かおる。」

顔を見ないよう注意深く話をして、辛うじて聞き出せたのは、

薫という名前だけ。

奇しくも薫という名前はその男と同じ名前だった。

他のことは何を聞いても無駄。

ドッペルゲンガーらしき人物は茫然自失といった様子で、

口数も極端に少なく、会話は要領を得なかった。

やがて、質問への回答は、ぐぅ~という腹の虫の情けない音に変わった。

果たしてドッペルゲンガーが腹など空かせるだろうか?

きっとただのそっくりさんなのだろう。

だがそれでも、自分とそっくりの顔をした人物が、

自分の与り知らぬところで町をウロウロしているのは気分が良くない。

だからその男は、縁起だけを考慮して結論を下した。

「しかたがない。

 お前、住む家が無いんだろう?

 じゃあ、お前をしばらくの間、僕の家に住まわせてやる。

 だから、僕が出かけている間は外に出るなよ。

 お前が本物のドッペルゲンガーであろうが、そうでなかろうが、

 ドッペルゲンガーがいたなんて噂になったら縁起が悪いからな。」

そうして、その男とドッペルゲンガーらしき人物の共生が始まった。


 ドッペルゲンガーらしき人物を捕まえたのは良いものの。

ドッペルゲンガーを捕まえたから休みます、とも言えず、

次の日、その男はいつも通りに仕事に出かけなければならなかった。

件の人物がドッペルゲンガーであろうがそうでなかろうが、

見知らぬ人物を家に置いておくのは落ち着かない。

その男はその日の仕事を終えると、すぐに帰宅した。

すると、家ではドッペルゲンガーらしき人物が、

部屋の角で膝を抱えて座ってぼーっとしているだけだった。

出かける前に用意しておいたインスタント食品は、食べ方がわからなかったのか、

ほとんど手を付けられていなかった。

「なんだお前、食べなかったのか。

 食べ方がわからなかったか?

 毒なんて入ってないから安心しろ。

 それよりも僕は、お前が僕を呪い殺さないか心配だよ。」

その男は終始、ドッペルゲンガーらしき人物と顔を合わせないようにして、

着替えを済ませると、一緒に食事をするのだった。

簡単だが栄養が摂れる料理と温かいスープを用意すると、

ドッペルゲンガーらしき人物は、おずおずと食事に口をつけたものだった。

すると次の日。

その男が仕事を終えて家に帰ると、

ドッペルゲンガーらしき人物の手によって食事が用意されていた。

慣れない手で用意されたであろう食事は不格好で、

しかしもちろん毒などは入っていなかった。

「お前、食事の用意ができるようになったんだな。

 じゃあ次は、掃除を教えてやるか。

 僕が出かけている間、家の掃除をしてくれると助かるよ。」

そうして次は掃除、次はゴミ出し、次は洗濯。

その男がドッペルゲンガーらしき人物に生活の仕方を教えていく。

すると、その男が次の日、仕事から帰ると、

教えた通りに家が整えられていたのだった。


 その男とドッペルゲンガーらしき人物の生活は、滞り無く続いた。

しかし、問題が無いわけでもない。

信心深いその男は、その人物がドッペルゲンガーかもしれないとまだ疑っている。

だから、家では、その人物の顔を見ないようにして生活していた。

不意に顔を目にしてしまった時などは、

心臓が飛び上がりそうな程に驚いたものだった。

不自然に気を使う生活はそれだけでもその男の大きな負担となり、

心労が積もり積もって、その男の生活に影響が出始めていた。

仕事で失敗することが増えたり、

同僚との人間関係が上手くいかなくなったり、

上司に叱られることも増えた。

そんなその男にとって、ドッペルゲンガーらしき人物が待っている家は、

心労の元でもありながら、唯一の安らぎを得られる場所でもあった。

今日も家に帰ると、ドッペルゲンガーらしき人物が家で待っている。

部屋はきれいに掃除され、温かい食事が用意されていた。

「もしかして、こいつは本当にドッペルゲンガーではないのかも。

 だとすれば、もっとリラックスして接しても良いのかもしれないな。」

信心深いその男が考えを改めようとしていた頃、

それをひっくり返すような出来事がその男を襲った。


 その日、その男はいつものように仕事をしていた。

ただ、家で神経を張り詰めている分、少しだけ気が抜けていただろうか。

ついうっかり、足元の荷物に足を引っ掛けてしまった。

すると位置がずれた荷物が他の荷物に当たり、巡り巡って、

立てかけてあった重い資材がその男に向かって倒れかかってきた。

「危ない!」

同僚の叫び声のおかげで、すんでのところでその男は難を逃れることができた。

雷のような物音と衝撃の後、

その男の目の前にあった荷物はぺちゃんこに潰されていた。

同僚たちがその男のところに駆け寄ってくる。

「大丈夫か?」

「危ないところだったな。」

「お前、最近、ぼーっとしてることが多いぞ。

 そんなんじゃ、いつか大怪我するぞ。」

「あ、ああ。すまない。」

その男は事無きを得て、激しく高鳴る胸を撫で下ろした。

すると今度は、仕事の帰り道のこと。

信号をよく見ず、ぼーっと横断歩道を横切ろうとして、

すぐ目の前を猛スピードの車が駆け抜けていった。

荷物が引っかかり跳ね飛ばされて、地面に投げ出される。

轢かれはしなかったものの、体には打ち身ができていた。

大事には至らなかったが、またしても事故に遭った。

なんだかおかしい。

帰路を急ぐその男の前に、今度はビルの上から植木鉢が落ちてきた。

植木鉢はその男の鼻先すぐ目の前をかすめて、パン!と地面に弾けた。

今度こそ、その男は身を固くした。

これはただごとではない。

明確に、自分に害をなそうとする意思を感じる。

その時、その男の脳裏を過ぎったのは、

家にかくまっているドッペルゲンガーらしき人物のことだった。

「やっぱり、あれはドッペルゲンガーだったんだ。

 油断させておいて、今頃になって僕に不幸をもたらしたんだ。

 きっとそうに違いない。

 くそっ、あれだけ世話してやったのに!」

その男はツカツカと足音を高くして家への道のりを急いだ。


 その男が家に帰り玄関を開けると、ふわっと味噌汁の香りが漂ってきた。

どうやらドッペルゲンガーらしき人物が夕飯の準備をしているらしい。

靴を脱ぐのももどかしく、その男がドカドカと家に上がり込むと、

ドッペルゲンガーらしき人物はエプロン姿で台所から現れた。

「おかえりなさい・・・」

その男が教えた挨拶の言葉を、たどたどしく口にしている。

しかしその男はそれに答えず、その人物の首を掴んで怒鳴った。

「お前!やっぱりドッペルゲンガーだったんだな!

 僕を殺そうとしたんだろう!」

「な、なんのことでしょう・・・」

「とぼけるな!

 僕は今日だけで3回も死にそうになったんだぞ。

 こんなの、ドッペルゲンガーの呪いとしか思えないだろう。」

「わ、わかりません・・・」

「とぼけやがって、このっ!」

その男は激昂して、首を掴んだその人物を床に引きずり倒した。

馬乗りになって、両手でその人物の首を絞める。

ドッペルゲンガーは人間ではない。

こうして首を絞めて殺してしまったとして、誰が咎めようものか。

そんなよこしまな考えがその男の頭の中を染めていく。

目の前では、首を絞められたその人物が顔を真っ赤にしている。

しかし観念したのか、抵抗する様子はみられない。

このままにしていれば、自分はドッペルゲンガーの呪いから逃れられる。

その男の顔には凶暴な微笑みすら浮かんでいた。

すると、そんなおぞましい自分の姿が、家にあった鏡に映って、

自分自身の目に飛び込んできた。

鏡の向こうでは、自分がエプロン姿のその人物に馬乗りになって首を締めている。

ハッと、その男は我に返って、首を絞めている手を離した。

「ゴホッ、ゴホッ。ごめんなさい。ごめんなさい。」

首を絞められ、涎と涙を流して謝っているその人物を目下に、

その男はガタガタと震える自分の肩を両手に抱いた。

今、自分は何をしていた?

ドッペルゲンガーなのかどうかもわからない、

ただ自分に顔が似ているというだけの人物を絞め殺そうとしていた。

そう自覚した、その時、

その男には真相がわかったような気がした。

「そうか、わかったよ。

 ドッペルゲンガーなのは、僕の方だったんだ。

 僕は今日、死ぬような思いをした。

 でもそれはドッペルゲンガーの仕業じゃなくて、僕がぼーっとしてたせいだ。

 だけど今、お前を殺そうとしたのは、僕の意思。

 つまり、ドッペルゲンガーを見て死ぬ思いをしたのは、お前の方。

 見た者に死をもたらすドッペルゲンガーは、僕だったんだ。」

恐ろしさに体をガタガタと震えさせて、その男はその人物から離れた。

その男がドッペルゲンガーだと思っていたその人物は体を起こして、

荒れた呼吸と衣服を整えようとしていた。

ドッペルゲンガーは自分だとわかった今、

その男はその人物と二人一緒にはいられない。

安全のためには、二人は顔を合わさないようにしなければならない。

そのために、その男ができることは。

「僕は、ここから出ていくよ。

 僕とお前は、お互いに顔を合わせるようなところにはいられない。

 僕はドッペルゲンガーだ。

 だから、出ていくのは僕の方だ。

 後はお前が好きにすればいい。」

自分は生霊で、危うく人を殺すところだった。

恐怖でいたたまれなくなったその男は、踵を返して家から出ていこうとした。

すると、玄関で後ろから、ひしと抱きしめられた。

抱きしめたのはもちろん、ドッペルゲンガーかと思われたあの人物。

「待って下さい。

 あなたが出ていく必要はありません。

 だって、私たちは・・・」

「止めるな、離してくれ!」

その男はしがみつくその人物を振り払おうとした。

その人物は抵抗し、もみ合いとなって、直した衣服がまた乱れてしまった。

するとその時、その男は、その人物の服の下に、

自分とは決定的に違うところを見つけてしまった。

その男は、その人物と同一人物であることは、決してありえない。

それは即ち、その男もその人物も、

どちらもドッペルゲンガーではないと確信させるものであった。


 そんなことがあってから。

その男は、同時に別々の場所で目撃されるようなことはなくなった。

その代わりに、その男と、その男にそっくりの人物が、

二人同時に同じ場所で目撃されるようになった。

目撃者の話によれば、一緒にいる二人は、

お互いに親しげで、楽しそうに笑顔を浮かべていたという。



 それからさらに後になって。

その男と、その男が家に連れてきた人物との、二人の間に、

やはり二人にそっくりな顔をした人物がこの世に生を受けた。

もちろん、それはドッペルゲンガーなどではなくて・・・



終わり。


 何事も疑ってばかりでは、自分自身が問題の原因になりかねない。

ドッペルゲンガーを疑う男が、後一歩で問題を起こしてしまう話でした。


男はドッペルゲンガーらしき人物の顔も見ずに生活していたので、

匿った人物が何者なのか、気が付くのが遅れてしまいました。

最後に男は自分自身こそがドッペルゲンガーだと考え、

その誤解が切っ掛けとなって、真相に至ることができました。


三人目に現れたドッペルゲンガーらしきそっくりさんは何者なのか。

男が匿うことになった人物が何者だったかを考えると、

自然と授かることになる人物だと思います。


お読み頂きありがとうございました。


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