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第8話 すごいと思うよ

「はは、それにしてもあのウサミはかわいかったなぁ」

「も、もぅいいだろ……あの時は、どうかしてたんだ……」

「ふふー、オイラも師匠たちと一緒で幸せっすよー」


俺が失言をしていじられまくったあの後、お泊まり会は更に盛り上がりを見せた。

その途中で俺が眠たくなってしまったため、こんもりと盛られた干し草の上に寝ているというのが今の状況だ。

この身体じゃ横になるというのもなんだか収まりが悪くて……猫とかがやってるような四つん這いで身体を小さくする体勢が一番しっくりきたのでそうしている。

確かこういうの、香箱座りって言うんだっけか。


「それにしても、干し草って案外気持ちいいんだな。チクチクして寝れないかと思ってた。ガルタは毎日ここで寝てるんだろ?」

「……」

「ガルタ?」

「……すぅ……すぅ……」

「……もう寝てるみたいっすね」

「まじかよすげぇな」


ガルタは猫のように丸まり、ぐるぐると唸り、身体が呼吸で上下する。


嘘だろ、俺らの中で一番元気だったのに……

まぁ、ガルタらしいっちゃらしいのか……?


「ウサミ先輩、ガルタ師匠が寝ちゃって寂しいっすね」


ガルタを乗り越えてサクラがやってきて、ニヨニヨしながらそう言う。


「そこまでメンヘラじゃない」

「めんへ……?」

「あー……極度の寂しがり屋みたいな?」

「なるほど、覚えたっす!」

「というか、俺の事先輩って呼んでるけど……」

「あー。弟子として認められるまでの代用敬称っすよ」

「代用敬称とかいう謎の言葉作り出すな」


と、思わずツっこんでしまう。

これが芸人魂というものだろうか。

って、誰が芸人だよ!


「……ウサミ先輩?」

「あ、いや……なんでもない」


嘘だろ……

まさか人と関わらなすぎて自分の中でノリツッコミをする技術を習得してしまったのか……?

な、なんとも虚しい気分だ……


「そういえば、ウサミ先輩ってどこに住んでるんすか? 親とかに許可取らなくてよかったんすか?」

「親か……」


俺の両親は日本にいるだろう。

会いたい気持ちはあるが、この世界との位置関係も分からない。

そもそも日本に戻りたいという気持ちは微塵もない。

戻ったところで、前と同じだし、却って……面倒なことになるだけだ。


俺は寝返りを打って大の字になり、天井を見上げながら目を閉じる。


「……まぁ、もう会わないだろうな」

「そうっすか……なんか、悪いこと聞いちゃったみたいっすね。ごめんなさい」


サクラがしょんぼりと萎んで悲しそうな顔をする。


サクラの頂点が少し下がったが……お辞儀しているのだろうか。


「初対面なんだ、相手のことなんてなにも分からなくて当然だよ。だから気にしないでいい」

「ありがとうございますっす」

「そういうサクラはどうなんだ? ここのことはよく分からないが……独り立ちみたいなことか?」

「うーん、そうっすねー……」


謝られるのとか、なんか気まずい。

だからそれらしい話を振ってみた。


サクラは干し草ベッドの上で少し転がって俺に近づき、天井を見上げながら話し出す。


「オイラ、家出してきたんすよ」

「……そうなのか」

「はいっす。オイラ……というかモチもんはあんまり戦いに適したモンスターじゃないんすけど、探検隊やって他の誰かを助けたり、絵本に出てくるような、お宝を目指した心躍る冒険ってやつをやってみたかったっす」

「それじゃあ、家出したのは……親に反対されて……ってことか?」

「はいっす。お前には無理だ、やめとけ……って」


そう語るサクラの声は、滲んで濡れているみたいだった。


……サクラの両親はとても心苦しかっただろうな。

きっとその語気の強い否定だって、サクラを想う気持ちなんだ。

この世界……といっても俺は詳しくは知らないが、探検隊なんてものをやるには死が隣り合わせだろう。

実際に今日ラビリンス内で死にかけたし。

それをやりたいと言った息子に、『そうかがんばれ』なんて即答できる親はいない。

ましてや戦闘に向いていないモンスターである息子を命の危険がある場所に送りこむなど、親としては絶対にしたくないだろう。

俺には大事な人なんていなかったし、サクラの親でもないから……想像上でしかないが。


「……これから、どうするんだ?」

「……そうっすね。オイラも中途半端な気持ちでここに来たわけじゃないっすから、精一杯探検隊やるつもりっすよ。まぁ、今日は一匹でなんにもできず、ウサミ先輩たちに助けられちゃいましたけどね、たはは……」

「でも、これからは一人じゃないだろ?」

「え?」


自嘲的に乾いて笑うサクラに、俺はいつの間にかサクラと向き合ってそう声をかけていた。

なんか、同じ気がしたんだ。


「……俺は、すごく遠いところから来たんだ。親に、何も伝えず……いや、伝えられなかったという方が正しいのかな」


サクラは口を結んでじっと俺を見つめる。


「サクラもガルタもなにも言わないでいてくれてるけどさ、この痣、きったないだろ。これのせいで色々言われたし、物だってなくなるし……殴られることだってあったんだ」


サクラをチラッと見ると、ふるふると身体を揺らしていた。

俺はそれを見てふふっと笑いを漏らしてそのまま話を続ける。


「そのせいで父さん母さんに迷惑いっぱいかけたのに、それなのに、謝りとかもできなくてさ、なんか、そのまま流れでここにいたみたいな…………えっと、つまりな……別れ方があれでも、ちゃんとぶつかって決断したサクラがその、すごいって俺は思うよ」

「ウサミ先輩……」


横向きになったサクラの両目から涙が溢れ、天井から漏れる月明かりでその軌跡が光を帯びる。


なんか、それを見たら俺も泣きそうになってくる……


「うっ、ウサミ先輩だってすごいっす……ウサミ先輩がいなかったら、オイラ、死んでたっすよ……」

「そう言ってくれるのは嬉しいけどな、俺がいなくてもきっとガルタがサクラを助けてたよ……それにな……」


俺は大の字に戻って、右前足を天井に向ける。

毛の一本一本が月光を纏って、綺麗だな。俺はただそれをぼんやりと見つめながら想起する。


「サクラも見てたと思うけど、キールのスキルが直撃しかけたあの時、俺は怖すぎて頭が真っ白になった。死を前にして、もう抗う気も起きないくらい諦め切ってて……でも、それをあいつは……ガルタは、あっさりと跳ね除けたんだ」

「……」

「すごいよな。しかもあいつ、俺を助けに来た時……」


想起する。

俺の目の前の死を、あっさりと跳ね除けたあいつの背中を。

木漏れ日で形取られた白い輪郭が綺麗だった、ガルタの背中を。


「『次こそは! 僕がウサミを助けてみせるよ!』って。かっこいいよな。次こそは! って強調して俺に助けられたっていうのをちゃんと俺に伝えてくれてるみたいで……あんな状況だが心が暖かくなったんだ。多分、無意識なんだろうけど、そういうところがあいつの魅力なんだろうな」


そんな俺の話を聞いて、サクラもふふっと小さく笑う。

顔だけそっちに向けると、涙の跡を残したまま微笑むサクラが見える。


「そうっすね。直接言ったらきっと師匠喜ぶっすよ?」

「そ、それはちょっと、なんというか…………勘弁してくれ……」

「やっぱかわいいっすね先輩」

「うるさい」


俺は朱色になったであろう頬をサクラから隠すために寝返りをうち、耳を畳んで両前足で掴む。


「と、とにかくだ。話が途中から逸れたが、サクラはもう一匹じゃないって話だよ。ガルタが俺を助けたみたいに、俺がガルタを助けたみたいに、そうやってサクラとも助け合いたい。たぶん、そうしないと死ぬ……そういう仕事だろうからさ」

「……そう、っすね。三匹一蓮托生でがんばりましょうっす」

「おう、がんばろうな……ふぁ……」


真面目な話をしたら一気に眠気が襲ってきた……

もう、そろそろ……


「ふふ、ウサミ先輩、おやすみなさいっす」


俺はサクラの心地良いおやすみの声を聞いたのを最後に、夢の世界へ意識を落とした。

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